中学3年生の時だけ、いじめというか、嫌がらせをされてました。

後にも先にもこの時だけで、他はどの年齢でも良い友達に恵まれたと思っているので、たまたまその時一緒になったクラスメイトが良くなかったのかもしれないですね。
元々は、どの年代を考えても、いじめをするような治安の学校・地域ではないですし。
私一人にというよりは、クラス全体に対して意地の悪い数人から“嫌がらせ”が行われていました。
登校すると上履きに画びょうが刺さっていたり、上履きが水浸しになっていたり、ケースに入ったままの色鉛筆や、筆箱の中に入っていたシャーペンなどが折られているという子もいました。
私は変なあだ名で呼ばれたり、尖足での歩き方を真似されていました。

大人が「中3だから、悪ふざけの一環」と片づけてしまうのは良くなくて、どう考えても嫌がらせするほうがおかしくて、卒業から13年経った今も、悪質だったと思っています。
だからこそ強く教師になりたいと思ったし、実際に母校に教育実習に戻った時も、かなり意識して「いじめはどんな理由があろうとも絶対ダメ」と伝えていました。
私の場合は、中3になってすぐ嫌がらせをされていたものの、数か月は誰にも言わずずっと我慢していました。だけど部活の友達に会った時に不意にも突然泣いてしまったことで先生方にも気づかれてしまいました。

部活は大所帯の吹奏楽部でしたが、そちらは非常に楽しかったので、救いでした。

中3の時の担任の先生は、基本的な考え方が「悪ふざけや嫌がらせを乗り越えるためには、ハッキリと思いを伝えない・表現しないほうも自己改善の努力が必要」という方だったので当時の私にとっては支えにならず、代わりに学年の枠を超えた他の先生方や、他の中学校に異動なさった中学1年生の時の副担任の先生に相談させていただいてました。

中学1年生の時の副担任の先生は私の生涯の恩師で、先生がいたから嫌がらせを受けていた当時も不登校にならずに済んだし、私が教師を目指す根源の出逢いにもなりました。
また、この先生とは、私が教育実習で母校に10年振りに戻った時に感動の再会を果たすことができました。

実は、この時のいじめの主犯格の一人だった女の子と、昨年11年振りにバッタリ会いました。私に和気あいあい・ニコニコと話しかけてきて、11年前の事など覚えていない感じでした。
「11年も経てばそりゃお互いに大人になったし、もう笑って話せる思い出話にもなっているのかな」と思いました。

当時を考えると、いじめや嫌がらせは良くなくて嫌がらせするほうがおかしいという思いがある一方、「私の場合はちょっと違うのかな?」とも思ってます。
私が自身の障害について知らなかったことや、自身の障害を学校に詳しく伝えていなかったのと同様に、クラスメイトにも私の障害のことを伝えてなかった。
入学した後すぐ友人から、私以外のクラスメイトが全員揃っている時に、担任の先生と副担任の先生が「あの子は足が悪いんだ。でも、仲良くしてあげてほしい」と皆に言っていたという、ありがたい話を聞いたことがあります。

でも学校としては、学校全体として私の障害のことを周囲に伝えるのはそれで最後にしようと思っていたのかもしれません。
だから、尖足歩行の真似をされた時、何も言えなかった。

過ぎてしまった時間だけはどうすることもできないけれど、もしもあの時、周囲に「何?私の障害ってこういうものなの。」と言えていたら、初めから私の障害のことを伝えていたら、「どんなクラスになっていたのだろう?」と思うのです。
それを知らない子どもが興味本位で尖足歩行の真似をしていたなら。
「障害のことは言わない」としていた大人の事情の問題もあり、「一概に嫌がらせをしたクラスメイトが悪いとは言えないな」と、今でも思うのです。


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