下肢障害故に身体にかかる衝撃を軽減する目的で、主にスニーカの中敷きとして使用しているのが足底板です。治療の為のインソールと考えていただければいいかと思います。
足底板を使っていると、履ける靴が限られてきます。私の場合の条件は、スニーカー・スリッポン・マジックテープシューズ。
とにかく靴選びが大変なんです!「ワンシーズン中、世の中に自分の履ける靴が1足あればいいほうかな」という感じです。


2年前、歩人館という販売店でフットプリントをした結果を添付します。

下肢麻痺による足部の変形や形態異常で、左右の数値が全然違います。でも、足底板のお蔭で治療初期よりは左右差がないと思われます。

最近は便利な機械があるものですね。またお願いしてみようかな♪

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幼少期からずっと、補装具である「入谷式足底板」を使用している私。
入谷式足底板とは、理学療法士の入谷誠先生が提唱・発案したもの。

私は入谷式足底板を扱っている病院の理学療法士さんに調整に調整を重ねてもらっています。
それにしても、8年間も使ってきた患者本人なのに、何一つ足底板のことを理解していない私。
足の解剖学や足底板に貼られるパッド一枚一枚が、身体のどの部分を改善させるために働いているのか分かっていません。

「長年足底板を使っている割に詳しく知らない。いい加減きちんと学ぼうかな?」そう思いながら調整に行った今日。
そしたら、たまたま担当の理学療法士さんから、「もし合わなかったら、自分で調整してもいいよ」と言われたのです。

「えー!怖い。。。」

この足底板にあるパッドは、理学療法士さんの目線から貼られた一枚一枚非常に意味のあるパッドなのです。
それを「合わないから」と言って動かすことは、1mm変わってしまっただけでも「どこかが痛い」ことに繋がってしまうのです。逆を言えば、どこかが痛くてもほんの少し足底板を調整するだけで歩行の仕方が変わり、それが症状の軽減に繋がるのです。

無痛の生活は、足底板上の微妙な位置関係にあるパッドを踏むことによって生み出される自身の姿勢と、無意識な正常に近い歩行によって支えられています。

それを知っている私だから、「もし動かし方を間違えたら…」と思うと、だいたい動かしたい場所は決まっているものの、怖くて動かせません。
先生曰く、「印を付けて剥がしてから合わなければまた元の場所に戻して、違う場所を動かして試し歩行を繰り返せば分かる。」ようですが。

帰宅後やっぱり合わない箇所があると違和感を感じるものの、「そんなことを素人の私がやってしまっていいものか」と。
「再度調整してもらおうかな?」と思いつつ、「時間は沢山あるし試してみようかな?」と、足底板を見ながら葛藤中です。


今が学びどきかな?


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 今日は、私の現在の症状を記載しますので、参考にしてください。

★脳性麻痺(痙直型対麻痺 伸展タイプ)
  原因:『大脳皮質形成異常』 『巨脳症』

☆首:ストレートネック → 頸椎症
 肩:   ――― 
 腕:   ―――
☆肘:外反肘 → 肘部管症候群 
 手:   ―――
☆腰:筋膜性腰痛症
☆股関節:臼蓋形成不全(Sharp角:右48°左46°CE角:右20°左22°)
☆膝:両側円盤状半月板
☆足:麻痺性内反足、有痛性外形骨 → 骨棘形成

これが私の現在の病名と症状です。★は私の先天的な障害、脳性麻痺。☆は毎日代わる代わるですが、痛みの出る箇所です。―――は何も症状のないところ。そして→は、左側が私が元々持っている骨格体型や奇形、右側が二次障害の病名です。
上肢以外は何かしらの奇形や、それに基づく症状が出ています。下肢は障害の影響もあるので仕方ありませんが、上肢にも下肢が頼りないが故、手に頼って生活してきた代償が出てきていると実感しています。

私の脳性麻痺自体による麻痺は非常に軽く、今の主治医の先生には「医者をやってきて脳性麻痺者を診てきた中では、1位2位と言える程軽いし、レントゲンもかなり綺麗」と言われるような状態。
足部を指示通りに動かそうとすると少しぎこちないか出来ない動作がある・階段を下るときに必ず手すりが必要なこと・バランス感覚が弱く足場の悪い所では自信がないことを除けば、健常者とほぼ同じ動作をすることが可能です。
座っている時だけでなく直立の状態でも、なかなか私に障害があること、ましてや脳性麻痺者であることは、まず気付かれないと思います。一緒に横に付いて歩いて歩き方をじっくり観察したり一緒に階段を上り下りしてみると、だんだんと私の下肢に少し問題があることが分かってくる程度だと思います。

医療機関を受診してでさえ、「本当に?分からなかった!軽いのね!」と言われることがしばしばあります。
ただ、脳性麻痺や様々な障害者の診察経験のある医師ほど、“軽い=活動性が高い”と捉えていて、一瞬は「本当に軽いんだな」と思われても、「軽いって言われるのは心外なんでしょ」と笑って言ってくれたり、「麻痺は軽いけど体は硬いし色々な所に負担が掛かっているから、その代償はあるよ」と言ってくれたりします。
また、「これだけ自由も利くし活動性が高い状態でありながら、身体的な状態として下肢が原因で軽い側彎があること・姿勢として腰椎の前湾が強いこと・歩行時の骨盤の振れ幅が大きいことなどを考えると、腰痛は今後も強く出るだろうし、付き合っていくことになるだろう」とも言われています。

もちろん生まれながらに障害の程度は変えられないから、軽ければ軽いだけいいという意見もあることと思います。
でも、軽いからこそ動けてしまえば、それだけ体にかかる負担は大きいわけですし、何歳までもこの腰痛を持った体で歩き続けなければいけないのです。
そう考えたら、「数年間ですら耐えられなかった腰痛を抱えながら、体力が少しずつ落ちていく中で歩行を続けるのはキツイ」と考えています。
だから私の身体的な目標は、「いかに体力の現状維持をして疼痛を出さず、日常生活を快適に・活動的に過ごせるか」だと思っています。

ここに記載した病名や症状に関して、私の経験から答えられることがあれば伝えますので、聞いて下さいね!障害の程度が超経度な私だからこそ、健常者と障害者の間に立って伝えなきゃいけないことや、できることがあると思っています。
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突然ですが、「脳性麻痺の二次障害」という言葉をご存じですか?

『脳性麻痺の二次障害とは、脳性麻痺・ポリオなどの肢体障害者の人たちが30歳前後、早い人で20歳の頃から、“首・肩の痛み”、“手足の痺れ”、“つれ”、“冷感”、“重み”などの症状に襲われ、健康被害・身体機能の低下をもたらすことである』仏教大学 植田先生『二次障害ハンドブック』P102“二次障害とは何か”より引用)

『脳性麻痺と診断されたときに合併した症状を、一次障害または合併症と言い、知的障害、構音障害、てんかんなどがあります。二次障害とは後になって現れる症状で、関節変形、脱臼、側彎、頚髄症、精神心理障害などがあります』(『成人脳性麻痺ライフ・ノート』P10“二次障害とは何?”より抜粋)

脳性麻痺は発達上の障害なので、動き始めた時から・歩き始めた時から、どんなに健常児に近づこうとしても、健常児の動きとは違うわけです。出生後からの何十年分もの間違った動きによって負担が身体に掛かってしまい、早くから身体機能が消耗してゆくと考えられるのです。
健常者でもある年齢に達すると、そこから徐々に身体機能が低下してゆくことはあると思います。脳性麻痺者の場合、いくらかその発現が早いといった感じでしょうか。計算方法としては、「実年齢×1.3が脳性麻痺者の肉体年齢」とも言われています。

脳性麻痺は出生後、何よりも早くから障害の発現に気付き、治療に取り組むことが大切とされています。ただ事実として、どんなに幼少期から脳性麻痺の早期発見・治療をしても、二次障害の発現は避けられないようです。

脳性麻痺は進行性ではありません。それは、以前紹介した脳性麻痺の定義でもはっきり記載されていることです。
しかし障害は絶えず変化してゆくようで、例えば、軽度障害者が、突然重度障害者になってしまうような劇的な変化はないにしろ、軽度障害者が中等度障害者になったり、今まで歩けていた者が移動に杖や車椅子を使うようになったなど、自分の元の程度から、少し進んだ位を考えていればよいとも言われています。
(重度脳性麻痺者のほうが障害の程度が重くなってしまうように考えてしまいがちですが、日常でほぼ健常者と変わらない動きをこなしていた軽度脳性麻痺者の方が、成人後の障害程度の変化は大きいとも考えられています。)

リハビリで対応をすれば、現状維持や悪い変化を最小限に抑えられたとしても、日々の負担のほうがどうしても過度に掛かってしまい、二次的な変化を抑えることはできないのでしょうね。

現在二次障害と共に生活している私も、17歳で腰痛が起こるまで「二次障害」という言葉は知りませんでした。
そして未だ、世間や脳性麻痺の当事者や医師・医療関係者であっても、二次障害のことを知らない方は沢山います。
「一人でも多くの人に脳性麻痺者の二次障害の実態を知って理解してほしい」と思い、今日の記事を記載しました。


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昨日、整形外科の診察の際、主治医から「10月いっぱいでこの病院を辞める」と告げられた。

今回に限らず、先天的な障害で通院歴が長いので、私だけが残って病院のスタッフがどんどん変わっていくことはよくあること。
今の主治医も、勤務形態的にいつかは今の病院を去るのだろうということに始めから何となく気づいていた私だから、事あるごとに「依存しすぎず」ということを意識して、覚悟もできているつもりだった。
主治医としては、今の病院に来たこと自体が初めから今年度退社を想定してのことだったらしいが、いきなり告げられても受け止めきれなかった私は、昨日は放心状態だった。

私は現在2つの病院に通っている。一つは補装具作成・調整のため、他方は、リハビリのためだ。
今回「辞める」と言った医師は、リハビリ目的に通院させてもらっていた病院の医師だ。
今の医師との付き合いももう丸4年になり、振り返れば、長いようで短かったと感じる。

4年前、リハビリを全く行わず補装具調整のみ行っていた私は、毎日寝たきりのような生活をしていた。
生活範囲はベッドの上で、リハビリを行わないから体がどんどん硬くなっていくということに気づかず、動かない・動けない身体に、半分無気力になりながら過ごしていた。
ただ、大学4年生の夏、「あと半年もすれば働くのだから、今の体のままじゃダメだ!アルバイトで貯めたお金は全て、今までの自分を変えるために、リハビリに使おう!」と決めて、4年前の9月1日今の病院に行き、主治医と出会った。

見た目に脳性麻痺だと全く分からない私を不思議そうに見ながらでも、私の体の硬さに驚いて、「リハビリしよう!ダメだ。リハビリしないと、硬すぎる。今日、この後このままリハビリ室行って下さい!」と言ってくれた。

私はすごく嬉しかった。
というのも、当時のリハビリには今よりも厳しいリハビリ日数制限というのがあって、各疾患ごとにリハビリできる日数が決まっていた。その中で脳性麻痺の扱いは、「リハビリをしても治ることのない疾患は、リハビリの必要がない=リハビリ打ち切り」とされ、状態に関係なく診察以降リハビリに関しては、門前払い状態にあった。ただしこれには特例もあって、医師がリハビリを必要と判断した状態にある患者については、一ヶ月につき13単位を越えない範囲でのリハビリもできる。
私は今の病院や医師ににリハビリを受け入れてもらう前、既にこの日数制限に引っかかり、他の病院ではリハビリ受け入れを断られていた。


今の病院は3つ目に当たってみた病院だったから、純粋に嬉しかった。
「リハビリしましょう」と言われて、「ホントですか?!ありがとうございます!」と言ったのも覚えているし、「君は今まであまりにも何もしてこなかったんだね。大体、歩く時に足先を内側に向けて歩きすぎ。歩く時、人は脚を骨盤から振り出すものだから。今からリハビリ室行ってそれを教わっておいで」と言われ、一瞬で的確な指示をくれた医師と、今までの自分のリハビリに対する甘さを自覚して、びっくりしたのを覚えている。
それからは定期的にリハビリを受けつつ、診察ではその進歩について伝えていた。
障害自体は治せないにしても、何年分の硬さが改善されるから身体はかなり楽になり、「人が変わったようだな」と自分で思える程だった。
そして、今まで他の病院では明らかにされなかった体の至る部分の微細な変形や変化まで的確に指摘してくれたからこそ、今、素直に障害受容ができているのだと思う。

今の医療で脳性麻痺に完治はなく、いくらリハビリをしても現状維持や悪い変化をできるだけ起こさないためのものになってしまうから思い悩むこともあった。しかし、それでも前だけを見て一心にリハビリに取り組めたのも、主治医のおかげ。
最後、「ずっと診てきたのに何もできなくて申し訳ない」と言われたけど、自分でさえ諦めていた私の体の隙間に主治医が可能性を見出してくれたからこそ、私の今の体調があると思ったら、感謝しかありません。

また3ヶ月後、今度は引き継いでもらった、別の医師での診察です。
でも、主治医が変わっても私の目標は変わらないので、頑張ります。

そして今までの通院で主治医から教わった全てのことを自分の中にしっかり持って、いつかお会いした時に、先生に「この子のリハビリを継続にして良かった」と思ってもらえるような身体になっていたいと思いました。


「ありがとう先生。私は変わらず進んで行きます。」

※今でもリハビリは、「疾患別日数制限」に基づいて行われています。

※脳性麻痺を施設基準上「脳血管疾患」と「障害者リハビリテーション」として算定した場合は、日数制限の除外対象疾患となります。

※「運動器疾患」として算定した場合は、発症・手術・急性憎悪を機にリハビリ日数の算定が可能です。医師がリハビリを必要と判断した場合にも、一か月に13単位を超えない範囲でリハビリの継続が可能です。


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