お化粧して元気に病院に行って、何事も無いかのように元気に帰って。

でも…。

その元気そうな一日が、一年で一番好調な日かもしれないと気づいて。
病院では出来ていたことは、自宅では出来ていないのかもと気づいて。

病院で何も言わなかったからって、問題はもう何もないとは思わないで。

「自分が好きで病院に通っているのだから、時間もお金も手間も仕方ないことだし、通えてるだけ恵まれている」と言われればそれまでだけど、

もう少しだけ、

脳性麻痺という障害がいかに苦難に晒されているのかを知ってほしい。
見えていない脳性麻痺者の現状が如何なるものなのか、掴んでほしい。

いつも思います。

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未だ痛みが治まらず。


脳性麻痺である以上原因は限られてるはずだし、いつか絶対落ち着くんだろうから、こんな時はむしろゆったりしていればいいんだろうに、ハンマーでガンガン殴られたように絶えずズキズキしてたら、萎えますね。

股関節は姿勢を変えるには痛みが強くて手を添えてゆっくりじゃないとダメだけど、電車での通院中も座っていた時間が長かったからか、着いて立ち上がったあとの一歩目が出ず、駅中も暫く脚を引きずって歩いたり。

「腰痛は治まっていないけど、腰痛と股関節痛と足痛を比べて、足痛が治まっているなら、久しぶりに一箇所の腰痛なら我慢しようかなぁ?」

そんな気になってきました。

私がいつも思っちゃうこと。

新しい痛みに対しては、「こんにちは、初めまして。よろしくね!」と思って、何度目もの痛みに対しては、「ずっと治してあげられなくてゴメンね。もうすぐ良くなるから。今日は出かけるから、◯時間だけは暴れないでいてほしいな。」「酷使してごめんね。今日も一日お疲れ様。動いてくれてありがとう。」と思う、こんなの完全に他人には言えない、怪しい感情 笑

痛みも不具合も自分の身体だから、自分くらい分かってあげようと思う。

でもそうやって自分の気持ちを落ち着けているんだと思うし、ただただ悲しくなって大粒の涙を流してた頃とは、また違う切り替え方なんだと思う。

高校生の頃、それまでの人生の中で腰痛の度合いが一番キツかった時

いつもならスタスタ歩いて飛び乗っていた電車を、2本も3本も見送って駅に座って待っても痛みが治まらずに、なかなか出発出来なかった日。

体育を見学していて「向こうで50m走のスターターやって!」と頼まれた時、たったの50mでさえも、何十キロも先に感じて、歩けなかった日。

友達みんなの走る振動でさえ痛みが起こり体育に出れず・音楽が鳴った振動でさえ痛みが起こり立ったまま合唱できずに、保健室に行った日。

「座ると立っていた時の痛みが一気に来るから、それなら立っていても同じ」と言って休まず、保健室の手紙を各クラスのポストに入れ続けた日。

今の体調ではなかなか分かってもらえないけど、自分の進路については冗談抜きで、「きっとこれから先、寝たきりのままで口に筆を加えて絵葉書を書く。そのくらいしか、仕事に出来ないんだろうな…」と思った日。

今日は昔を全部思い出した。

高校生の時から本屋で立ち読みは出来なかったけど、今日も痛みで立ってられず、買い物予定はお店の前で引き返し諦めて帰宅しました。

苦しい…。

脳性麻痺のことを恨んでいる訳ではないけれど、自分の身体なのに自分ではどうすることも出来ないし、今まで一生懸命対応してきたつもりだったのにまた振り出しの痛みなのかと思ったら、涙が止まらなかった。

治しにくい長く続く痛みなら、早く友達になったほうが早いのかなぁ…。


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日曜日、肢体不自由児の親子の会『ちいさなふたば』の集まりに、脳性麻痺当事者として・会のサポーターとして、参加させていただきました。

〝患者会〟〝当事者会〟と一口に言っても、特に肢体不自由児の〝親子の会〟に参加していると「親と子の悩みは違うんだな~」と実感する。

成人脳性麻痺者の集まりの場合、障害程度が同程度の場合は『共感できる』ことが一つの強みだけど、親子の会の場合は、障害程度が同程度でも立場によって視点が違うことがあるから、私のほうこそ勉強になる。

親御さんは物凄く心配していることでも、私からしたら「私は子どもの頃、そんなことは全然気にしてなかったな~。どうだったか忘れちゃったな~。」と思うようなこともあるし、都度、自分の中の遠い記憶を呼び寄せたり、自分では「何てことない」と思っていることをサラっと言ったりして私の経験談とすると、「そこが知りたかったの!」ということがあったりして、「お~!当事者談とは、こういうことでいいのか~!」と思うこともある。

その話を母にしたら、「親と子では悩み事も違うんだよ。親というのは、子どもにとってはどうでもいいように思うかもしれない小さなこと一つ一つにも、いちいちいちいち、やきもきしながら過ごすもんなんだよ。特に子どもが小さいうちは皆そうだけど、障害があるなら尚更なんだよ。」

だそう。

そうか。
『障害児の親である』というだけで、親には沢山沢山苦労をかけたのね。

ありがとうね。

そして

ごめんなさい。

娘(当事者)としては、他にももっと重要で気にかけて対応してほしいことが沢山あった気がするけど、親としての心配事は、そこではないらしい。

脳性麻痺当事者として自分の中での重要度が低い事柄は、親子の会にでも行って誰かからの質問を受けない限り、私の話の中では危うく流れそうになるか、もしくは、無意識に墓場まで持っていくことになりそうだ 笑

他人の話を聞いて、質問を受けて初めて、何でもなかったような過去の自分の一日一日の全てが、自分の〝経験談〟になってゆくんだなぁ。

そういう意味では、「私が生きている限り、まだまだ脳性麻痺者として果たすべき役割はあるし、今後も絶対に〝ネタ切れ〟は起こることがなく、むしろお伝えできるエピソードは増えていくんだなぁ」と実感中♪( ´▽`)

私一人の回想では無意識に進んでしまう早送りの人生テープを、これからもどんどん途中で誰かに止めてもらわなければ!と思ったのでした 笑

という訳で、私と肢体不自由児の親子の会『ちいさなふたば』との関わりは、私が脳性麻痺当事者として親御さんに今までの経験談をお話するだけではなく、何よりも私自身の、人生の振り返りと整理になってます。

そんな出会いと場を与えてくれたことに、感謝です。
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おはようございます。

なんだかウトウトしただけで、きちんと寝られないまま朝になりました。

数日前からのこと…。

腰痛と股関節痛がキツくて頭の中が「痛い痛い痛い痛い」でいっぱいになり、ベッドに横になっています。一昨日は深呼吸と髪の毛に手が行って掻きむしりそうになってしまい、この時以来で気が狂いそうでした(´Д` )


今までで、こんな痛みは一度あったか無いかのような、珍しい痛み方。

今までの痛み方は、どんなに痛くなっても結局は過緊張の反り腰から来る筋膜性腰痛だったけど、今回は背骨か椎間板の一箇所のみの痛み。

ココというポイントがあって、そこ以外は上下も周辺も全然痛くないのに、一点だけ触ると痛くて、静かにしててもずっとズキズキしているんです。

筋肉のコリが要因の腰痛の時からずっと「自分の腰でダルマ落としをされてハンマーで殴られてる感じ」と言っていたけど、今回もそんな感じ。

以前整形外科でレントゲンを撮って診察をした時に医師に言われたのですが、私の体は20代にして既に60代〜70代の高齢者並みに骨がスカスカらしく∑(゚Д゚)だから今回のように痛み方がこんなにピンポイントだと、「骨粗鬆症 → 〝いつの間にか圧迫骨折〟してそう」と思ってました 汗

病院リハビリに行った時に「バルーン(バランスボール)に乗って緊張を落とすのと、身体を丸める感覚を掴んでね」と言われることがあるので、自宅リハビリのトレーニングとして時間がある時は行っているのですが、

筋緊張や反り腰が強いと運動はキツイので、ひたすら腰を丸めてます。
うつ伏せは緊張が落ちますが、うつ伏せでも反り腰の時はただ丸まる。

ここ数年は、腰だけじゃなくて胸郭も反ってきて自力では戻らないので、腰も筋肉だけじゃなくて、背骨や椎間板にも負担掛かってるのかな?

そう思いました。

病院も頻繁には行けないので、「このくらいならまだ大丈夫かな」とつい我慢しそうになりますが、とりあえずインソールの調整予約をしました。

昨日の夜は、「障害者は健常者の想像を絶する苦しみの中で、必死に前向きに楽しく生きようとしてるんだな」と思ったら、ボロボロと涙が…。

みんな幸せになれたらいいのにな。

腰と股関節がよく鳴ってズレて、身体の統率が取れていない感じだけど
毎日頭の中が「痛い痛い」でいっぱいだった、高校時代を思い出すなぁ。

今日は4月1日、年度始め。
素敵な一日になりますように。

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※激長注意!

以前、脳性麻痺児の親御さんに「視野欠損ってどんな感じですか?」って言われて、うまく説明出来なくて。考えてみれば、そうだよなぁって。
視野欠損が起きてる私自身も視野欠損に気づかないことがあるのに、外見からじゃもっとわからないし、今日はどんな感覚なのか書けたらと。

以前も書いた気がするけど、私が「自分の視野が狭いんじゃないか?」と思ったきっかけは、運転免許を取得しようと思っていた、4年前のこと。

ある日、普段通り母の運転する車の後部座席にボーっと乗っていたら、「もうすぐ免許取るんでしょ?いつもボーっと乗ってないで、少しはきちんと外でも見てたら?車乗りだしたら、ハンドルとかアクセルとか信号とか歩行者とか、色々見る所あるんだよ」と言われたことがきっかけでした。

一つのことに注視・注力すると周囲が見えなくなることや、逆に色々見たりやろうとすると、どれに対しても散漫で中途半端になるのが私の性格なのに、母が言った通り自分の想像以上に運転中に気にしなきゃいけないことが沢山あるなんて、「本当に免許取れるのか?」と心配になった。

色々考えると頭の中はごっちゃになるのは置いといて、「せめて目だけでも真っ直ぐ前を見て、運転の上手な母と同じものを捉えよう!」と、母に「今、何が見える?」と聞いた。私には少し先の信号だけが見える。

そしたら母が、「私はハンドルの先に信号と道路と歩行者、反対車線の車も少し見えてるよ」だったかな?言ったんです。「信号だけ見えてたって、道路と人も見えてなかったら轢いちゃうじゃん」って。そりゃそうだ。

でも私は信号を見たら信号、道路の白線を見たら白線、人を見たら人と一つずつしか見えないし、反対車線の車を視界に入れようとしたら顔ごと動かさなきゃダメで、そうしたら前の車に激突するんだと気がついた。

「私が持てる視力をいっぱい使って一点を見ている時に、他人は全体像が見えるんだ。これは視力じゃない。視野だ。」って気づいたのが最初。

その後帰宅してからもリビングで母と真正面を見てどこまで見えているかと範囲を言って手で囲って示したりして、見え方の比較をしてみた。

私の見える範囲が狭いかもということにその時は気づかなかった母が、「誰でも見える範囲は同じでしょ?動物じゃないんだから、私だって正面見てたら上下左右はそんなに広く見える訳じゃないよ」と言ったけど 笑

それでも母には見える範囲が私には見えていないことに気づき、そして私の見え方は、目の前で自分の顔幅に前習えをした感じか、もしくは自分の顔幅に窓枠をはめて外を見ている感じなのかもと気づいたんです。

長年私も当たり前に健常者と同じように見えてるものだと思っていたので、自分の見え方の説明がこれで合っているのか、また他人との見え方の比較が出来ないのですが、私の見え方の図はこんな感じでしょうか?

c0331680_23064193.jpg

いつも使ってるフォトフレーム 笑

正面を見ると正面しか捉えられず上下左右は見切れているという意味でこの画像を選んだけど、健常者の通常視野の場合はこんな感じかな?

c0331680_20022103.jpg

緑内障と調べると、視界が黒く侵されていくイメージ画像が出ますが、視野欠損と言っても、私の場合は盲目の方のように真っ暗になる訳ではないので、フレームの外の白い部分は視界に入ればカラフルな世界が見えるのが不思議なところで、見たいなら顔を動かせば良いんですが…。

ただ先述の通り、2つ見たいものがある時は1つしかない顔を動かすと1つは視界から外れる訳で、転ばないように足元を見ながら歩いていると前から来る自転車にぶつかりそうになったり、その逆もあるのですが、眼科での検査結果を見て、子どもの頃から親に、「下見て!そこ段差あるから危ないよ。転ぶよ!」と言われて下見てたら、「ほら!前からも自転車来るから!何で今見てなかったの?両方見てないとぶつかるよ?」と散々注意されていたのに直せなかったのは、肢体不自由で避けるのが遅いということもあるけど、「こういうことだったんだ」と繋がったんです。

以前も書いたけど、学生の時から合唱コンクールや部活や卒業式で使う体育館の舞台やひな壇の上が怖かったり、駅のホームの最前列で電車を待てなかったりの恐怖心は、下側が見切れていたからなんだとかね。

置物につまづいたり外出先で人とぶつかったり、いつも探し物をしてて目の前にあるのに全然気づかないなんてことはよくあることだし、だからこそ私のように、外見は普通の子で自分ですら視野欠損に気づいてなくても、もしかしたら今、実は見えていない子がいるのかもと思うのです。

下肢麻痺は免許センターの運転免許適正検査の結果、麻痺が強いほうとは言え改造なしで利き足で取得可能となったのに、私にとっては身体の麻痺よりも視野欠損のほうが大きな問題なような気がしていました。

医師は「見えないのは下側だから、取りたければどうぞ」と言うし、他人にも、「乗れるよ~!まだ免許取ってなくて色々心配してるからだよ~!色々考えてるうちはムリだろうね~!」と言われることもあるのですが、そこは本当に画像のように正面しか見えていない自分の感覚を信じて、下肢麻痺や視野欠損やてんかん脳や注意欠陥等の理由で諦めました。

「車があれば身体の負担も減らせる」と思って前向きだっただけにかなり残念でしたが、迷いながら乗って何かあってからでは遅いですからね。

調べると私がした視野検査はきっと『静的視野検査』というものなので、『動的視野検査』も受けてみたいという気持ちもあるのですが、過去3回視野検査を行って同じ場所に視野欠損が認められることから、おそらく動的視野検査を行っても同じ結果になるんじゃないかと思っています。

c0331680_19260974.jpg

画像は『病院の検査の基礎知識』より拝借。問題があれば削除します。

視野検査をすると、(設定が自動であればネタバレになりそうですが)追ってボタンを押して反応し返さなきゃいけない光の点滅は『ピ ピ ピ ピ』のようにだいたい均等に起こるのに、「………。」「全然光らないなぁ」と思って待ってると、実は既に自分の見えない範囲で点滅してたりします。

それが私の場合は下側で、それ以外が光ると、またテンポよく始まる。

以前の私の視野検査結果が見たい方はリンクへ。

視野欠損は、運転免許の適正検査を受けただけでは分からなかったこと。自分で自分の視野欠損を把握して、自己申告しなきゃダメですね。

見えてないなんてまさかですよね。20歳で脳性麻痺を知らされた時、友人に『20年目の真実』と言ったけど、視野は『25年目の真実』でした 笑

以前医師には、「自分で何かおかしいと思ったから検査を受けようと思ったんですよね?自覚症状がありましたか?」と聞かれたことがあったけど、「私、自分の視野が狭い気がするんです。目の前のモノしか見えてないのは性格だと思っていたんですが、実際に他の人より見える範囲が少ないんじゃないかと思ってます。今度運転免許を取ろうと思っていて車に座ったら気がついたんですが、脳性麻痺もあるし、何か関係してるのかなと。一度調べてみたいです」と言ったのが、一番最初な気がします。

最初は皆、本当に問題があるなんて思ってなかったけど、検査結果の用紙を見たら思いっきり視野欠損していて、医師もビックリだった訳です 笑

トホホ…。

ちなみに先月の眼圧は右12・左13で、今点眼しているルミガンが無くなり次第、出生した病院の神経内科と大学病院の眼科に受診予定です。

かなり長くなり、また以前からの内容の重複もあったと思いますが、視野欠損はならないと実際のイメージは湧きにくいかなぁと、文にました。実際に体験出来たら一番良いのですが、何かの参考になれば幸いです。

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