雨だから?
何となく身体が重ダルく凝りが気になる中、自宅リハビリ前に前職の話。
 

新卒時は一般枠での就活で、大学時代に取得した教員免許を活かして学童保育指導員として就職しました。

仕事内容は、両親の共働きなどで家庭で一人になってしまう児童を、放課後から夜まで預かろうというもの。
平日は4時間は立ちっぱなし、春休み・夏休み・冬休みなどの長期休暇では、朝の8時から夜の7時まで仕事のうち5時間は外遊び、長期休暇中のお昼は取れたら15分というもの。

休日に友人に会う度に「ねぇ、何それ?鳶でもちゃんと休憩取ってお昼ご飯食べてるよ!」と言われつつ、「本当に良く動いてるよなぁ」と自負することで、何とか続きました。

私も指導員だから、子供たちの安全を守りつつ保育(一緒に遊ぶ)をしないといけないのですが、常々子供たちに言っていたことがありました。

①私が走るのはケガやケンカ等の緊急時だけ:走れなくもなかったですが、要求に応え続けているとキリがないのでこのように伝えていました。

②急に押したらダメ:私が押されて転ぶと子供たちも一緒に転んでしまい危ないので、「ふざけて急に押すのは絶対ダメ」だと伝えていました。

③私が抱っこをするのは壁に寄りかかっている時だけ:子どもに「抱っこしてぇ~!」とせがまれても、周囲に支えのない状態では断りました。


私は他の先生方のように身軽に動けないし、子供と一緒に激しく遊んであげることもできないけど、学生時代から「一度は教育関係の仕事に就きたい」とずっと思っていたから、仕事内容に苦は全くありませんでした。

私に「変な歩き方~!」と言ったり、斜視を「どこ見てるの?」と言ったり、時には子供たちの言葉が刺さることもありましたが、「私だからこそ伝えられることがある」思って話すと理解してくれ、優しい子どもたちでした。

私が好きで指導員をしておきながら、私の身体的な状況から、実際は「ダメ・ダメ」の連続で、我慢させていることも多いなぁと感じていました。

「抱っこしてよぉ~!」と言われても困った時には「お姉さんになったらしてあげる」なんて言って「もぉ~!それっていつ~?お姉さんになっても絶対抱っこしてくれないんでしょ~。」なんていうやり取りもありました。

身体的には負担の多い仕事で、結局学童指導員の仕事は1年で辞めてしまったのですが、退職後に教室を訪ねると、嬉しいことがありました。

全く何も準備していなかった私に次々に子どもが飛びついてきて、「先生~♡ 私、お姉ちゃんになったよ。もう抱っこしてくれるよね♡」って。

以前から「お姉ちゃんになったら抱っこしてあげるね」と言っていたのは私だから、もちろん順番に抱っこしてあげました。

ずっと療養続きで、やりたいことができなかった私が経験した、夢のような貴重な時間。子どもたちに助けられ感謝でした♪


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私が友人について思うのは、
「いつもとにかくありがたい!」そして、「私の友人たちは本当に凄い!」

足が悪い私を、幼稚園の頃からサポートしてくれている。階段やちょっとした段差を降りられずにいると、すぐに助けの手を差し伸べてくれる。

でも、助けてくれる以前に、障害のある私と共に居てくれること自体に感謝しないといけないと思う。

私は幼少期から障害をオープンにしている。

下肢に障害があり外見から分かってしまうからということではなく、障害オープンにしても、私を「一人の“人”」として見てくれている、私の友人。

「障害があるから」という理由で判断せず「一人の“人”」として接してくれたから、学生時代の勉強・部活・遊びを通して、互いに切磋琢磨し合えたのだと思う。
普段から「ayanoはどうして足が悪いの?」と、私の障害について詳しい説明を求めてくれる友人もいたし、病気や障害をモデルにしたドラマが放映された後は、男子の協力者の割合も増えた。そこにおちゃらけは一切なく、「何でも手伝うから言って」という言葉を聞いた時は、素直に嬉しかった。
私の障害が脳性麻痺であると分かった時は友人から相談に乗ってくれたし、障害者手帳を取得する際には、私から友人に悩みを伝えた。「障害者手帳を取得したら何かが変わってしまうのか?」と悩んだ私が、制度上も障害者としてスムーズな移行ができたのは、友人達のおかげ。

高校の時、小学生の頃からの友人とケンカをした。

長年親友だと思っていた相手に「ayanoは行動が遅いから私の時間まで無くなる。」「障害者と居るとこっちまで障害者だと思われるから、もう一緒には居たくない。」と言われた。
この友人とは結局ケンカ別れしてしまったし、この言葉を聞いた時は意表を突かれたけど、「確かに。それこそが友人達の本音なんだろう」とも思った。

私こそ、障害のある方々と一緒に居る時に、今まで私を支えて下さった方と同じように、寛容な気持ちを持っていられるかどうか分からない。

私は周囲からの視線を感じたとしても大丈夫。でも、私と一緒に歩いている友人までもが私に向けられた視線を感じてくれているとしたら、強いと思う。

それでもいつも私と一緒に居てくれる友人には、ただただ感謝しかない。


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膝が痛い。痛すぎる。
湿布を貼っていますが、早くX脚と反張膝を治さなければと。

それでも『大人のリンゴ病』の時よりは全然マシ。
ということで、『就職・仕事のこと』カテゴリー。

社会人1年目・就職後すぐ、『大人のリンゴ病』になった時の話。
あれは本当大変だったからもう一生なりたくないですε-(´∀`; )
働きながら、全身に毎日14枚湿布貼ってましたから(;´Д` ←臭

朝、急に身体が痛くて。節々の痛み。

インフルエンザの前触れ?
社会人1ヶ月。
体力なさすぎ?

毎日徐々に広がって、全身に強い関節痛と筋肉痛。
その時には手指の関節の浮腫みなんかもかなりあって。本当に似ている症状だから、関節リウマチを疑い、覚悟もしました。
毎日どんどん歩ける距離が短くなって、職場にも一向に着かない。関節痛や筋肉痛が酷すぎて、歩くのに時間がかかる。

(同じ時間に出ても、その時だけ遅刻しそうになって焦った…。)

私は両下肢麻痺の脳性麻痺者。
だから、下肢の痛みは仕方ない。
だけど上肢まで変なのは何で??

お箸を持ちあげるのも辛い。
そもそも、倦怠感でお弁当のフタを開けるのも面倒(;´Д`
おかしいおかしいの連続で。

その時たまたま体調不良で受診していた総合病院の外科と、定期通院中だったリハビリで、PTさんにも聞いてみました。
外科では内科疾患、リハビリではリウマチかも?と言われ、「どっちにしろ検査結果は報告して下さい」ということで。

本当にリウマチを疑いつつ、今度はその足で、直接内科へ。

内科と言っても、小児内科がメインの先生。
さすがは日頃、ちびっこを見てるだけある。

「どこの関節が痛いですか?」→「全身です。」
「肘と膝の痛みが強くない?」と手首も掴んだ。
触られたり握るだけでも、既に結構痛かったなぁ~。

「化粧してますか?」→「え?あ、病院でスミマセン…」
「ほっぺが赤いよ」→「でも今日チークしてるので^^;」
「それでも赤い。倦怠感も強い?」→(「そうそう!」)
「服めくります。腕と首見て。レースの斑点あるの^^」

腕に付いた判子で押したようなレースの斑点を見てたら、
「子供と関わる仕事をしてますか?保育士や学校勤務?」と。

何で分かったの?

「これは、リンゴ病です。大人でも子供から移ることもあって。むくみや倦怠感も相当強いと思うけど、痛みは痛み止めを飲んでもらうしかない。でも感染期間も過ぎているから、抗生物質を飲みきった来週からは徐々に治るよ。大人は子供より関節痛の症状が強いんだ。結構辛いよね」と。

はい。辛すぎます。
そういえばの話で。

私が見ていたお子さんが、リンゴ病で休校してたことに気がつきました。
そういえば、人懐っこく寄ってきて膝枕で絵本の読み聞かせしたなと。

それに、強い関節痛を感じる前に手指に発疹が出てあまりに痒すぎて。
痒い痒い言って掻いてるうちに、ガサガサになっちゃったのですが。
「毎日洗い物してるから手荒れじゃない~?酷いね~!」と流してて。
今思えば、手荒れのようなブツブツの痒みも、リンゴ病の発疹だなと。

微熱で身体が火照って「暑い」と言っても、動いてるから仕方ないとか。
風邪症状で咳しても「学校は埃っぽい」とか。全く気づきませんでした。

恐るべし感染症ε-(´∀`; )
その後しばらく服薬したら医師の言う通り、全身の関節痛やむくみも、徐々に引いていきました。
「どうりでやることなすことダルすぎるし、歩いても歩いても進まないと思ったんだよね~」と。

色々な人から、「え?大人でもリンゴ病なんてあるんだね!」と。
「え?出勤OKなの?公欠しても大丈夫だったのにぃ!」と言われ…。
本当に辛かったから、『リンゴ病』と分かっていたなら休みたかった。

周りは、痛みに強い私が頻繁に痛がるから、不思議だったようです。
教育の仕事は最初に子供から感染して徐々に強くなるしかないですが。

私も盲点でした。「大人の皆さんでも油断ならず~。」の話でした!


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自分の責任は、自分で取る。


人生って限りあるからこそ、

動ける時間が少ないからこそ、

後悔ないように生きたいんだ。


だから、あと少しでいいから。
私の好きなことさせて下さい。




もっともっと。
自分らしさに、一歩近づくために。

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数日前に、久しぶりに楽器のマウスピースを買いました。

画像がトランペットとトロンボーンのマウスピースです。

脳性麻痺(痙直型・対麻痺・伸展タイプ)の影響で、腹筋が弱い私。

あまり激しく動かすことはできないから、リハビリでは「鍛える」と言うよりは、「刺激する」と言ったほうが正確かも。
それでも正直イタチごっこで、シマリのないダボダボとした浮き袋付きのお腹に危機感を感じて、マウスピースを買った。

(本当は楽しみながらという重要な点においては、私にとってはカラオケが一番良いのです!だけど、意識が呼吸のみになってしまい、腹筋までは鍛えられない感じが残念なんです。)

高校まで7年間トランペット吹けてたんだから、自分でも「昔は体力あったよなぁ~」って。
楽器持って吹いて動いて、歌って踊って。高校生って怖さ知らずの「黄金時代」ですね 笑

トランペットやトロンボーンなどの管楽器は、「楽器の先にマウスピースを付け、息を吹き込むことで音が鳴る」という原理は同じなので、私はトランペット経験者ですが、今回はトロンボーンのマウスピースも買いました。

(何故トロンボーンのマウスピースも買ったかと言うと、私の唇が厚く、出っ歯だからです。笑 7年間も吹いておきながら、トランペットでは私には小さいので、周径が大きいほうが私向きです。)

結構な息を吹き込まないと、音は鳴らないのです!
真っ直ぐで、太くて、途切れない息を入れないと。

楽器に付けなくても、マウスピースだけでも口周りの筋肉が痛い。
腹式呼吸で息を入れ、自然とお腹に力が入るので、良い訓練です。
意識や刺激が呼吸だけでなく、きちんと筋肉まで行くから、イイね!

時間が経ってもサビないようにと、今回はプラスチック製を買いました。
初歩の自宅練習用なら千円前後で買えるので、皆さんもお試しあれ♪

押し入れの奥にあるトランペットを洗って久々に吹きたくなっちゃうなぁ~( ´ ▽ ` )ノ

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皆さんこんばんは!

最初に言っておきます。

今日のこの記事は、脳性麻痺とは一切関係ありません!

またbabyGは、G-shockの時計のことではありません!

夏に出るゴ〇〇リ(G)の赤ちゃんver.のことです ^^;

かなり紛らわしくて、ひたすらスミマセンm(_ _)m!

想像やカナ変換が気持ち悪く、私がGと呼んでいます。

出たんですよ。昨日・・・。

PTさんに話したら「マジで??早すぎるだろっ 笑」と言ってましたが、
本当、早すぎます。
で。ベットから「飛び落ちた?」結果、画像の場所を負傷しました^^;

いや~。

何となーく動くものを発見してから「ねぇ来て!虫~!」って言ったのに
家族がすぐ来てくれなかったもんだから。

その間に飛んじゃって、「ギャ――――――――Σ(゚д゚lll)」と逃げたら、
ベットの下に転がり落ちちゃいました 笑


「このブログには脳性麻痺のことだけを書こう」最初に決めた大前提。
『日常のひとコマ』も脳性麻痺と関連付けられるとしか書かなかった。

まさか夏場のコヤツのことを書く日が来るなんて思わないよね・・・。
読者の方に申し訳ないからタグ付け無しで未分類入りの記事です^^;


病院で横になるときに、先生やPTさんに「手~」って言われるんです。
ひっくり返ってることが多いから、「その向きだと痛めるよ」という意味で。

昨日ひっくり返ってたんでしょうね、手。ベットから落ちた時に( ̄ー ̄)
「いつも言うのはこのことだなぁ~」って、ちゃんと分かりましたから 笑

babyちゃんだったので勝利して「ポイッ♪」ってしましたけど(親が ←)

去年も出たんですよね~7月と9月に。
まだまだ今年も出るのかなぁ( ̄ー ̄)

もはやジェットコースターに指挟んだ時よりアホですね、私。

手痛ーい!!


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今日は、私が思う『面接時の障害開示について』


就活時に障害があることをあらかじめ伝えることを「openにする」、障害があることを伏せた状態で入社することを「closeにする」と言うようです。
私は最初から、開示して就職活動をしました。なぜcloseの状態でまで入社しようとするのか、全く理解できなかったから。
全ての障害に対して万人から理解があるわけではないし、障害名や手帳の種別を見聞きしただけでふるいにかけられてしまうという偏見があるのも、事実だと思います。
だけどあくまで自身の脳性麻痺について言うなら、隠し通すことは絶対にできないことです。
ちょっと見ていれば身体障害があることは分かるし、日によって異なる体調や変化していく状態をきちんと伝えないまま入社することは、被雇用者としての義務を怠っている気がして、私はきちんと伝えました。
詳しく述べずに後日会社で事故が起きても、その責任は何処にあるんだと、お互いにとって良くないですしね。

医師から言われている注意事項もないし、日常生活や業務上の動作も出来ないことはほとんどないから障害者手帳も取得できず一般枠で就活をしているのに、見た目は肢体不自由だなんて、「私はなんて採用しづらい人間なんだ」と思いました。
全てが身体障害が理由ではありませんが、結果はことごとく散り、就活を終えるまで1年掛かりました。でもその頃にはいい意味で吹っ切れてもいて、「その発言ってどうなんだ」という感じがしますが、自然と以下の言葉が出てきました。

「私は下肢に障害があります。しかし、在学中の4年間のリハビリで日常生活や業務に問題がない状態までに回復することができました。現在健康上の問題は一切ありませんが、脳性麻痺の症状は多岐に渡りますので、私を採っていただかなくても結構です。ただ、教育の仕事は長年関心のあった分野で、学生時代に取得した教員免許を活かした仕事をしたいとも思っています。私を採用していただいたからには、障害の有無を理由にせず、きちんと期待に応えさせていただきたいと考えています。」


今でも一言一句覚えているこの言葉、面接後は「ちょっと強気に出すぎたな」と反省もしました。
だけど後日、「面接時の意思の強さは今回の採用者の中では一番でした。生まれつきの障害にもめげず、数々の困難を克服したその粘り強さを仕事にも生かしてほしいと思い、貴方の採用を決めました。」と仰っていただくことができたのです。
私はこの時初めて、「マイナスばかりだと思っていた障害も、伝え方によってはプラスになるんだ」と実感しました。
中途採用の時は新卒時とはまた身体の状態も変わっていたので違う伝え方をしましたが、担当者の方が「感動した」と言って泣いていました。


(症状や配慮してほしい点を伝えているのに「感動!」で入社が決まっても後々大変なので、涙に惑うことなくきちんとお話させていただきましたが^^;)

伝えたいのは、「障害は必ずしもマイナスにならない」ということです。そして就職活動にどんなに時間が掛かっても、「一社への入社」という形で、必ず終わりが来ます。
初対面で脳性麻痺の複雑さを伝えるのは、単純な肢体不自由とは異なり難しい面もありますが、「最後に1つ決まればいいんだ」という気持ちで、お互いに頑張りましょう!


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幸せが何かも分からないまま、ずっと生きてるなんて嫌だ。
きっと人の本当の幸せは、
その人に与えられた使命を、全うした時に訪れるのだろう。

いつも逃げようと、また目を背けようとしているのは自分自身で、
本当は、自分に与えられた使命と、その使命を全うするために
自分自身に与えられた素晴らしい場所があることも知っている。

それでもまだ障害を乗り越えず、
分からないふりをしているなら、

私はまだ、
人生の第一課題にさえ気づいていない。
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大学3年生から就活の具体的な取り組み方や面接対策の実践練習などが始まりましたが、私は「お辞儀」ができなかったのです。
お辞儀ができないなんて自分自身ですら意外なところでのつまづきで、「本当にどうしようか…」と思ってしまったことがありました。

身体バランスが不安定で重心を下に下げるとフラフラして恐怖心もあるし、履きなれないヒールも履いているし、面接という普段以上に筋緊張が高まってしまう場でもあり、会場では、ガチガチのロボット状態でした。

以前、私の学生時の経験として、「下肢麻痺が原因で高い所が怖い」という記事を出しましたが、それと似たようなもの。

面接で緊張してしまうのは、“準備して自然体”という大学の就活訓を大切にしながら練習をして、場数を踏みつつ場慣れしていきながらも、お辞儀は正直、あまり上達はしませんでした。
「バランス能力が向上すれば綺麗に決まるのではないか」とか、「一からリハビリをして身体を作り直そうかな」などと色々考えたのですが、就活続きで忙しい時期にそんな時間は取れないし。
とにかくスムーズな立ち回りと安定感のあるお辞儀ができるようになろうと、ひたすらお辞儀だけ練習をし続けました。

障害があるとはいえ、まずは第一印象が全てなのは、健常者と同じ。
練習の場では、お辞儀がぎこちない私に「もしかして今まで、人に頭下げたことない?」というコメントもありました。

(私を理解して下さっていて熱心にご指導して下さった方からの言葉なので、私を批判する意味は全くありません。)

厳しいようですが、脳性麻痺者であろうとなかろうと、面接時に筋緊張が強まろうが強まらまいが、ぎこちない動きで相手に「そう見えてしまったら・そう分かってしまったら」。
たとえ一瞬であろうとも印象は決まり、「全て実力のうち」ということで、合否の判断に影響しまいます。

今はその後のリハビリで姿勢も安定したし、新卒時の就活の時よりは綺麗にできるようになりました!

だけど、面接の受け答えとは違う所で判断されちゃうというのが、練習の成果を出しきれていない気がして、モヤモヤしていたのを思い出します。
身体障害があると、お辞儀という何気ない動きも、難しいですよね〜!
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今までできていたことが、
だんだんできなくなっていく。

昔を懐かしんでも、
今はもう、昔とは違うんだ。

ベットに横になったまま、
昔を思い出す。

全てがぎこちないんだ。
もう、昔のようにはいかないから。


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