<   2015年 04月 ( 22 )   > この月の画像一覧


目を閉じて、明日が来るのが怖い
この先も悪くなると思うのが怖い

こうやって、毎日毎日ちょっとずつ、
大切な何かが失われていくのかな?

何でもない小さなことに躓いて、
いつかは、歩けなくなるのかな?
[PR]


先日、東京の治療院にリハビリに行ってきました。今日のブログはその感想のようなものになります。

つらつらと記載しておきながら「どこで治療したのか」にはお応えできませんが、一緒に歩行時の意識の重要性を感じてもらえたらと思います。


『リハビリ』をしに行ったつもりが、『下肢と歩行についての勉強』という印象が強く残っている以上、身体や歩行についての私の知識がまだまだ足りないということです。
患者としてだけではなく、学生時代はPTを志望していた私からすれば、まさに学びたい分野そのものでもあったので、指導して下さった先生には感謝です。

私は20年間自分が脳性麻痺だと知らされていなかった割に、今までずっと熱心で親切な良い先生方に治療の担当になっていただき、かなり恵まれた環境の中で前向きにリハビリに取り組めていると思っていました。

今でもそれは事実なのですが、「その中から自分が何を吸収して、日頃の動作一つ一つに活かせていたか」と言えば、「今まで取り組んできたリハビリは一体何のための時間だったのか」と思う程、歩行に対しての自分自身の詰めの甘さを認識しました。

立位での体重の乗せ方や重心の取り方。頭の先から足の先まで一直線上に乗せること。
脚の降り出し方、足の運び方と方向。歩くことを意識しすぎると筋緊張が強まるから、極力抜くこと。でも、何も考えずに歩くと歩容が崩れるので、色々と意識しながら歩くこと。

何を目的に何を意識して歩くのか。既に分かっていたつもりでしたが、きっと今までは、あまりできていませんでした。


「なんとなくこんな感じで歩くことができればキレイ♪」や「うん!さっきよりイイ感じ!」という感覚ではダメ。きちんと言語化し、それを見返すたびに何度も実際の歩行の中で形として再現できるようになること。

2時間半以上、みっちりの歩行指導。

私の未熟さ故に途中で頭がパンクしかけ、何度か「家に持ち帰って噛み砕いてきます」や「歩容が整うように、インソールを調整してもらいたい」という言葉が出か出かかりましたが・・・。

難しいことを要求されるのは大変ですが、障害の程度が軽いからこそ「あと少しの意識でもっと綺麗に歩けるはず。試してごらん。」と受ける注意はありがたく、私なりに頑張ったつもりです。

医療職の方が専門の参考書を1ページ目からじっくり読まないと分からないようなところまで細かく教えていただき、とても勉強になりました。

私は麻痺も軽く、心強いインソールを使用していることもあり、歩行のことは療法士さんに任せきりで、普段はついスタスタと歩いてしまいがちです。
しかし今回、改めて『歩行とは何か』二足歩行の人間の奥深さを学んだ気がします。

「インソールを外しても痛みのない綺麗な歩行をしたい」という、目標。
こんな時私にもっとリハビリの知識や思い通りに動く身体があればと、学んだことをすぐに歩容に反映出来ずにもどかしい気持ちばかりですが、

できないならできないなりに、麻痺のある身体できちんと考えて、より良い歩行にしたいと思いました。


※私やお相手のプライバシーのこともあり、通院中の病院名や担当者の名前等は、今後も一切お伝えすることができないことをご了承下さい。


[PR]

泣きたくても
なかなか泣けない夜にでも、

秋冬の
哀愁の気配に飲み込まれずに

一呼吸置いたら
また前を向いていきたい。

明日から月曜日。
また頑張ってやっていこう。
[PR]


私には上肢には障害はないのですが、巧緻性に欠けるというか、不器用です。
そのことを考えてみると、美容系に不便が多く(上)練習しなきゃいけないことも沢山です。

●美容の カールアイロンが上手くできない
●くしを使って片手でうまくブローができない
●眉毛カットも下手で、親に頼んでいる^^;
●細かい作業が苦手でネイルしたことがない
●爪を上手くラウンド型に切れず歪な形になる
●洋服のリボンも縦結びで綺麗な形にならない


●ビニールを根元でキュツと輪っかにできない
(袋自体を回すことで輪っかを作っている。)
●靴紐は縦結びになってしまい、すぐほどける
●フライ返しを使って上手くひっくり返せない
●牛乳パックを開けると開け口がイビツになる
●お箸を正しく持てずに、バッテン使いになる
●焼き魚を上手く開けず行儀が悪い感じになる


本当は「身体障害の大元が脳にあり、脳からの神経は全身に張り巡らされている」とか「頭から足先まで一枚皮で繋がっている」という観点から麻痺のことを考えると、麻痺の出かたに強弱はあれど「脳性麻痺は全身麻痺なんだなあ…」と思うようになりました。


そして私の場合、麻痺が出ている両下肢であっても程度はかなり軽いのだから、上肢が単なる不器用なのか(障害とは一切関係のない家系の遺伝や個人的な練習不足)脳性麻痺による影響のものなのか、判断が付かないくらいでも仕方ないと思っています。

だけど過去にきちんとMRIを撮った結果、神経内科の医師から「脳のこの位置の傷は対麻痺(両下肢麻痺)」と言われている以上、細かな仕事を生業にしない限り、普通の生活が問題なく送れる程度の上肢の不器用さは、ほとんど何も意識していません。

でも、私の練習不足もあり…。ある程度の自立を望むなら、「できないからやって!」といつも他人に頼んでいてはダメだなと感じています。
美容系は自分でやらないで人に頼むしかないかなと思いつつ、いつもそうするのはかなりお金がかかりそうだから練習しなきゃとも思ったり。


みなさんは日常生活でできないことをどのようにカバーしていますか?


[PR]

やっぱりさ、人間だからこそ、
言葉にしないと伝わらないこと

あるのかもしれないよね。

特にそれが病が原因となると、
一からの説明には勇気がいる。

でも自分が受け入れられるには
「心を開くこと」しかないんだ。

昔だけど、中学の恩師の先生が
教室から足が遠退けば遠退く程
徐々に、心も離れちゃうからさ。

まずは一歩、踏み出してごらん。

って言ってた。

本当なんだね。

[PR]

c0331680_19581145.jpg

先日の捻挫後からずっと家で冷やし続けていた右足首でしたが、今日、整形外科で診察を受けてきました。

数日のおさらい

4/11 品川駅で他人のキャリーケースとぶつかり、用意なく転倒
4/12 全く痛みはなく大阪旅終了
4/13 何となく足に違和感はあるものの届いたエアロバイクを漕ぐ
4/14 足首の違和感はなかったので、整形外科で通常通りリハビリ
4/15~痛くなってきたので冷やす(右足首の痛み・熱感・むくみ)
4/21 足首は痛かったが通常通り徒歩で通院・病院で通常リハビリ
4/22 徐々に痛みが引いてきた気もしたが、たまに疼くので診察へ
4/23 東京でリハビリ予定(捻挫を理由に断られませんように!)

うる覚えなので記憶のまま何となくの記載ですが、こんな感じ。
結局今回は「転倒による捻挫」と「レントゲン上の損傷はなし」

どうしても明日東京でリハビリを受けたかったので捻挫だけでホッとしたけど、右足の内反を防ぐための足首サポーターをされちゃいました T_T
レントゲンの結果、今回の捻挫とは関係ない気になる点が3つあるとか。

①足関節上下の形が噛み合ってなく、負担が掛かりやすい足。
(アキレス腱延長術を行った人の足の形状はそうなることが多いらしい)

②左脚に比べて右脚の骨が全体的に細い
(麻痺の程度による左右不均等な使い方で脚の成長に差が出やすい)


③本来骨が必要ないところに、余分な骨が出来ている

(「以前のケガか何かでしょう」と。私…そんな憶えは全くありません 汗)

気づき。う~ん。

「どうせ大したことないだろう」と思っても今回のようにレントゲンを撮ってみたら色々分かるということもあるから、怪我の程度に関わらず一度は受診してみること。
レントゲンを何度撮ってもその度に変形等が見つかる。何度も言うけど、「何をどれだけ知っても自分を理解することにしか繋がらない。」自分の身体で日々勉強!
「一番痛いのは右足の内くるぶし」と伝え外反捻挫だと思っていたが内反防止のサポーターが処方されたので、やはり脳性麻痺者の足は内に向きやすいと実感。
『アキレス腱延長術』は手術での尖足改善という効果だけでなく、それなりのリスクもある。(あくまでも私が患者として主観的に、成人後にジワジワと実感中です。)
毎日栄養価の高い食事を摂り、きちんと日を浴び、適切に適度に運動し、不意なケガを防ぐ。「いざというとき」に対応できる、健康的な生活を送ることの大切さ!

色々学び、ケガに感謝だ 笑

色々な先生の色々な考え方があるが、今回受診した整形外科の先生は、「足首のサポートが足りない」と思っている。
足底板しか使ってないんだよねぇ~」と何回か言われたし、だからこそ今回の捻挫でも、すぐにサポーターを巻いた。
私も「足首が内側に向く角度が年々強まってる気がします」と伝えたし、内反してる自分の足に引っかかってつまづく。

今日はおとなしくサポーターを巻いて過ごして、明日はサポーターを外して東京の治療院のリハビリに行っちゃいます!
先生が私に「湿布してサポーターしても歩きにくくてまた転んじゃったら元も子もないから、歩きやすさはどう?」と ^^;

来週もリハビリ前に診察しなきゃです。
皆さんもケガには気をつけて下さいね!


[PR]

何気ない毎日を
当たり前のように過ごして

当たり前のように
慌ただしく1日が過ぎていく。


でも、
目が覚めて、朝が迎えられること
窓越しにキラキラした光が入って
冷たい風を身体に感じられること

暖かい布団があって、
温かいご飯があって、

支え合える仲間がいる。
笑い合える仲間もいる。


それさえ、たったひとつひとつが
今にしかない、奇跡の連続なんだ。





皆、これからも生きようね。





図々しいくらいに欲張っても、
ずっとずっと生きていこうね。





感謝しても感謝しきれません。
ありがとう。だいすきでした。
[PR]


先日、腰痛捻挫の記事を挙げ、痛みについて記載したので、今日も。

脳性麻痺者の身体の痛みの原因を「精神的な問題」と思ってる人がいる。
全ての痛みがそれじゃないにしろ、大半が精神的な影響じゃないかとか。

私はそれは違うと思います。あくまで私個人の見解です。

例えば、同じ痛みを感じた時にVASやpain scaleでの数値が1~2の人もいれば、8~9という人もいるかもしれないし、ガンコな痛みが脳に記憶されて痛みを除去しづらいということはあるかもしれないけど。

身体の何処にも全く問題がないのに痛いと言っていたらそれはきっとまた別の問題で、脳性麻痺者の痛みの原因は、使いすぎや間違った身体の使い方など、物理的な原因があるんじゃないかと思っています。

(VASやpain scaleは痛みの自己評価。1を最低・10を最高としたとき、どの辺りになるかでその数値から客観的に痛みの度合いを測るもの。)

なぜそういうふうに考えるかというと、私が過去に感じていた長期に渡る腰痛やその他の痛みの原因が、『姿勢』だったから。
自分の障害が脳性麻痺だと知る前は「気持ちの問題」と邪険にされることも多かったです。
しかし姿勢の異常を正常に近づけたら痛みは治まるし、また過用すると痛みが起こるからです。

だから…。

“脳性麻痺者だから精神的な問題も多く、それにより痛みが出る”

じゃなく、

“痛みが多い日常では、少しは精神的ダメージも起こるんだろう”

だと思う。


むしろ、それでも笑顔で過ごしていたら、かなり明るい性格なわけです。
脳性麻痺者の全ての痛みが精神的な観点から起こっているというのは、私は違う気がします。

※真剣に自身の脳性麻痺という障害と向き合ってはいますが、医学の知識に関しては全くない素人です。そんな私が、裏付けのない「痛み」について記載することは迷いましたが、脳性麻痺者の痛みを単に「精神的な問題」と捉えるのはどうかという思いがあり、記事にしました。

※一切の医学的信憑性がない今回の記事は、あくまで「一脳性麻痺者が痛みについて持論を記載した」ものと思っていただけたら助かります。


[PR]


久々の本音。

できないことがやりたいことだったら、どうしますか?

「じゃぁさ、その代わりにコレをやったら?」じゃない。


私が誰かを羨むのと同じだけ、誰かが私を羨んでいると思っている。

いつだって誰だって他人の芝は青いし、上と下を見たらきりがない。


でも、ふとした瞬間に思ってしまうんです。

「出来ないことがやりたいことなんだ」と。


“たら・れば”なんて、どこにもないのに。


障害の程度が超軽度な私だからこそ、「あともう少し」を求めてしまう。


テレビで「幼少期の運動は大切」とやっていた。

それだけでスイッチが入った私の心は汚いなと。


いやね。運動の大切さなんて嫌という程分かる。

だけど運動したくてもできない人もいるんです。


ダメだなぁ。


捻挫した後でひたすら冷やす中、色々と考える。

人の真価は、「もうダメだと思う時こそ問われる」と考えて、頑張ろう。


私は今日も生きている。


[PR]

不思議だよねぇ。


一人じゃ何にも出来ないのに、
「支えてくれている人がいる」


ふとそんなことを思うだけで、
何でも頑張れるんだよなぁ。。。


たとえ長い道のりだって、 絶対乗り越えられる気がする。


[PR]