今回は、『痙直型脳性麻痺者に見られる特徴』を記載します。

痙直型脳性麻痺者に見られる特徴としては、主に、反射・筋緊張・関節硬縮・尖足です。それらの反応が無意識下に起きていることもポイントです。
なお、例)では自分自身の体験を記載しましたが、痙直型脳性麻痺者と似た特徴を持つ脊髄損傷の方の動画URLもお借りし、記載しています。

◆反射
・伸張反射(ジャックナイフ現象)
筋肉が急に引き伸ばされた時に、筋肉が無意識に急激に収縮すること。動かし始めは強い抵抗があるが、徐々に抵抗は弱くなる。速く動かすほど抵抗は強く感じ、遅く動かすほど徐々に柔らかく感じる。

・腱反射亢進(クローヌス)
ハンマーで叩いた時に、膝が跳ね上がる等。筋肉が緩んでいる状態で腱に刺激を加えると、その部位が収縮する。

・びっくり反射(驚愕反射)
突然声を掛けられたり大きな音や不快な刺激を感じると、急激な筋肉の収縮が起こる。物理的な刺激も誘引になるが、心理的緊張でもびっくり反射が起こる。

例)式典や葬式など静かな雰囲気で緊張していると、音が鳴る度に脚がビクンッと動く。
例)レントゲン撮影時に「動かないで」と言われる等「動かしちゃいけない」と余計に意識しすぎると、逆に身体に力が入り、身体がビクンッと動いてしまう。

◆筋緊張(痙縮)
筋肉が常に一定方向に引っ張られてつぱっている状態。痙直型の脳性麻痺者では、障害された部位(四肢や体幹など)に筋緊張が発生している。緊張が強いことを過緊張と言い、過緊張の状態では反射が亢進する。

例)麻痺部を早く動かす・叩く・擦る・ぶつける・冷やすなど不快な物理的刺激を与えると、筋緊張は増加する。
例)会社や学校でプレゼンをする場合等、沢山の人から注目されることを意識しすぎると身体に無意識に力が入ってしまい、下肢が緊張することで歩行がぎこちなくなる。

◆関節拘縮(可動域制限)
本来関節が持つ動く範囲(可動域)を何らかの原因で動かせない・動かさない状態でいると、動く範囲が徐々に狭くなってしまうこと。

◆(内反)尖足
つま先で立っているように足首が伸び、かかとが床に着かなくなっている状態のこと。ふくらはぎの筋肉やアキレス腱が短縮していることで、足先が(内側)下方向に曲がったまま戻らなくなってしまっている。

上記の特徴を持つ痙直型脳性麻痺者は一般的に、動作が緩慢と言われることが多い。

↓ 参考動画 ↓



題:『脊損在宅ガイドstep by step』
制作・著作:NPO法人日本せきずい基金 独立行政法人福祉医療機構(高齢者・障害者福祉基金)助成事業


※脳性麻痺と脊髄損傷は別疾患です。

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数週間後、昔診ていただいていた担当の理学療法士さんから、一通のメールがきました。

そこには、腰痛の原因は「悪い歩き方による腰部への過度の負担と、歩行時の腰部の過度の前湾。現在まで腰に負担をかけ続けているので、治療をしても腰の痛みが完全に取れるかどうかは分からない。でも、早急に治療をしないとこれ以上に悪くなることは目に見えている」と書いてあったのです。
その言葉を見て初めて、腰痛治療を優先しようと決めました。そしてちょうどその返信メールをもらうのと同時期に、自分でも腰痛の原因を知りたいと夜な夜なネットサーフィンをした結果「脳性麻痺」という言葉と「二次障害」という言葉を見つけていたので、何となく原因が分かり始めていました。

自分が脳性麻痺であると知ったのは20歳ですが、病院に行ったのは受験が一通り済んだ18歳の冬なので、約2年近く原因不明の日に日に強くなる腰痛と共に過ごしていたことになります。精神的にも悶々とした日々は辛かったし、原因が分かるまで長すぎたと思います。
発見が遅ければそれだけ治療にも時間がかかる訳ですし、「もっと早く自分が脳性麻痺だと分かっていたら。」「脳性麻痺の二次障害を知っていたら。」「自分が普通学級でこんなに無理していなければ。」「治療を中断していた一番大切な中学・高校時代にきちんとリハビリに通っていたら。」
「何かが違っていたんじゃないか?」と、いつも頭をかすめることです。

初めて腰痛が足障害が原因だと分かった時は、とにかく嬉しくて、安心しました。不安や恐怖・葛藤に襲われたのはその次の段階で、まずはとにかく悶々とした気持ちから解放されてホッとしたというのが、正直な気持ちです。
もうこれ以上、「気持ちの問題だ」とか「怠け者」と言われなくて済むのだから。
「一度症状が出たら、岩が崖を転がり落ちるように止まらない」と言った療法士さんの言葉は、忘れません。
そして、痛みの対処には時間がかかったけれど「二次障害」という言葉を17歳から知っていた私は、まだ幸せな方なのだと思っていたいです。

※「脳性麻痺の二次障害を一人でも多くの方に知って理解してほしい」という想いで、自身が脳性麻痺による二次障害と直面した時の体験談を、5回に渡り記載しました。
※二次障害の出かたは人それぞれであり、元の障害の程度や生活環境により掛けてきた負担などによって異なります。あくまで私の場合ですので、参考にしていただければと思います。

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腰痛治療で、整形外科クリニックにリハビリ通院をするようになった私。

私としては、病院に通っているのに腰痛が改善しないことが不思議で仕方なかったので、「こんなに痛いのに長い間治らないなんて、もし大病だとしたら大変」という気持ちが一番大きかったです。
でも、それと同時に、「もしかしたらまた気持ちの問題と思われるかもしれないのに、別の病院に行って説明するのはもう疲れた。このままじゃ近い将来歩けなくなるかもしれないし凄く痛いけど、このままでもいいかな?」という気持ちもありました。

しかしその悩みを友人に伝え、以下のようなやり取りをしました。

友:「腰、治ったの?」
私:「治んないよ~。コルセットしてるのに、春頃より強くなってる。」
友:「え!何で?でも、ちゃんと病院行って、リハビリしるんでしょ?」
私:「知らないよ。何か治らないし。いちいち全部話すの疲れたかな。」
友:「疲れたって!でも、言わないと!何もわかってもらえないよ!?」

友:「あ!ねぇ!ayanoを知ってる人に聞けば、大丈夫なんじゃない?」
友:「ayano足悪いんでしょ?昔行ってた病院とか先生とかいないの?」
友:「そこに行って「私です」って言えば、診てもらえるんじゃない??」
私:「そっか!そうだよね!ありがとう!私帰ったら病院調べてみる!」

そして、昔リハビリを担当してくれた療法士さんに手紙を書きました。

高校二年生の春から生まれて初めて腰痛を感じたこと、痛みが出始めた頃は歩けていたのに、今は50mも歩けず足まで痛くなったこと、自分の足が悪いことと腰痛は何か関係があるのか等を書きました。

この時は「昔診て下さった先生なら私の痛みを分かってくれるかもしれない」という思いと、「まだ同じ病院に在籍していて、届いた手紙に目を通してくれてさえいればいいな」という思いでいっぱいでした。

とにかく、長い期間続いていた腰の痛みの原因を知りたかったのです。

※二次障害の出かたは人それぞれであり、元の障害の程度や生活環境により掛けてきた負担などによって異なります。
※あくまで私の場合ですので、参考にして下さい。


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腰痛の度合いからして、あまりにも体育の見学が増えた私。

体育の先生からは、「あなたは個人プレーの競技はやるけど、集団での競技には出ないね。もしかして周りに迷惑がかかると思ってない?体育の授業はもちろん実技も大切だけど、それ以上に周りと協力して何かをやるということも大切なんだよ。今のままじゃ成績、あげられないな。」と言われました。また、「腰痛がどうして起こるのか医者じゃないから分からないけど、腰痛って筋力が弱すぎても起こると思うんだ。だから、足のこともあるけど、少しは体を動かすのも大切だと思う」と言われたこともありました。

結局、部活は高校二年の秋に大会が一区切りしたのを機に中途退部しましたが、その時にも顧問の先生から、「悲劇のヒロイン」と言われました。また、帰宅時間が早くなってからも、強い腰痛で寝ていると、怠け者扱いされました。
色々な場面で、ただやる気のないヤツだと思われていたのだと思いますが当時の私からすればそんな精神論はどうでもよく、「どうして周りはこの痛みに気付いてくれないんだ!」「気持ちの問題なんかじゃない。絶対、何か根本的な原因があるはず!適切な病院に行けば治るはず!」と思っていました。

部活を辞めた後できた時間を使って、近所の整形外科を受診したものの、私自身が自分が脳性麻痺という障害だということをまだ知らなかったこともあり、医師にも腰痛の原因は分かりませんでした。ただ、足が悪いということだけは伝えていたので「関節硬縮」という病名が付いて、「体が硬いんだねぇ!若いのに!リハビリしなよ!」と言われ、ホットパックを当てていました。
当時の療法士さんも私が脳性麻痺だということに気づかなかったことではっきりとした腰痛の原因も分からないまま、「う~ん。治んないねぇ。叩いたでしょ、腰。赤くなってる」と言われながら。温めたりストレッチしたりしながら、半年ほど通いました。
病院で温めたらその時はいくらかは楽になるものの、自宅まで徒歩で20分の間にまた元の痛みがぶり返し、結局は何時間も横になったまま休むことになるのです。

この時期は、「誰も私の痛みに気付いてくれず気持ちの問題だと言われ続けたまま、身体の痛みの原因もわからないまま、一生を過ごしていくのかな?」と考えていました。
精神的にも限界を迎えていたので大変辛い時期でしたが、学校では何とか周囲の速いペースについていこうと、毎食後にロキソニンを飲んで痛みをごまかしていたことを思い出します。
そして、自宅では「周囲を納得させることのできる正しい理由を見つけたい」という思いで、寝る時間を削ってまで必死に身体の痛みの原因を探っていました。

※二次障害の出かたは人それぞれであり、元の障害の程度や生活環境により掛けてきた負担などによって異なります。
※あくまで私の場合ですので、参考にして下さい。


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最初は気のせいだと思っていた腰痛でしたが、部活のトレーニング中だけではなく、ただ立っているだけでも腰に痛みを感じるようになりました。自分の身体の異変を初めて友人にも伝え、次のような会話をしました。

私:「ねぇねぇ。聞いて聞いて。最近私、腰が痛いんだけど…」
友:「え、腰痛?ねぇ、腰痛とかどんだけお婆ちゃんなの? 笑」
私:「ね!ホント!腰痛いとかヤバいよね!年取ったかなぁ?」
友:「でも、腰痛にも色々な原因があると思うけど。調べた?」
私:「調べたよ。ぎっくり腰と慢性腰痛だって書いてあった!」
友:「ぎっくり腰は動けないはず。やっぱり、お婆ちゃんだよ。」
私:「え!高校2年なのに老人と一緒なの?ヤバいねそれ。」
友:「ヤバいよ 笑 腹筋と背筋、30回から50回にしなよ! 笑」
私:「早く来てトレーニングしよう。体力ないしもっと走ろう!」

今考えたら笑えるやり取りですが、当時、最初は本当に、体力不足で腰痛が起こっていると思っていました。

本当は私の場合、腰部の筋肉の硬さと弱さ・腰椎前湾による負担・骨盤周囲の運動不良・下肢麻痺などの影響が複合的に絡み合って、痛みに繋がっていると思います。
最初はトレーニングの回数を増やしてみたものの、前湾や負担が強くなる一方なのに当然腰痛が治る訳がなく、そのうちずっと腰に痛みが残ったままになってしまったのです。
体育は初めは参加していたものの、50mを走るどころか歩くこともできなくなって、体育館で皆が行うバスケットボールをつく振動ですら腰痛が起こりました。だから見学をして先生を手伝うこともできず、体育の時間になると保健室に行っていました。

ついこの間まで皆と同じように動けていたのに、だんだん周囲のスピードについて行けなくなっている自分がいました。

動けなくなっていく自分を不思議に思いながら、この時期から、とにかく腰の痛みが強かったことを思い出します。

※二次障害の出かたは人それぞれであり、元の障害の程度や生活環境により掛けてきた負担などによって異なります。
※あくまで私の場合ですので、参考にして下さい。


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私が二次障害に気付くまでの経緯①を記載させていただきます。

私は、幼稚園から大学まで全て普通学級で過ごしてきました。

小学生の頃から部活でトランペットを吹いていたので、高校でも吹奏楽部に入りました。吹奏楽と言ってもオーケストラではなく、野球応援に出たりマーチングも行うような、活動的な部活でした。
その部活では基礎練習や体力作りの一環として腹筋や背筋など行い、時間のある時にはマラソンや縄跳びなどもしていました。

私が初めて体調の異変を感じたのは、17歳の春頃の腰痛でした。
16歳の冬までは全てのトレーニングについていくことができたので、体調を気にしたことなど一度もありませんでした。

でも、高校2年生になった途端、腰痛に気付くようになったのです。

「集合~!急いで~!」の掛け声で数歩小走りをした時に腰が痛みましたが、初めての腰痛だったので「気のせいかな?」とも思いました。でも、歩いたり小走りしたときなどのあとに同じ場所が痛くなるし、腰に痛みが残る時間がだんだんと長くなり、痛みの範囲も広がっていったのです。

「ん?なんだろう?」と思いながら。
それが脳性麻痺の二次障害であるとも知らずに・・・。

※二次障害の出かたは人それぞれであり、元の障害の程度や生活環境により掛けてきた負担などによって異なります。
※記載した内容はあくまで私の場合ですので、参考にして下さい。


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下肢障害故に身体にかかる衝撃を軽減する目的で、主にスニーカの中敷きとして使用しているのが足底板です。治療の為のインソールと考えていただければいいかと思います。
足底板を使っていると、履ける靴が限られてきます。私の場合の条件は、スニーカー・スリッポン・マジックテープシューズ。
とにかく靴選びが大変なんです!「ワンシーズン中、世の中に自分の履ける靴が1足あればいいほうかな」という感じです。


2年前、歩人館という販売店でフットプリントをした結果を添付します。

下肢麻痺による足部の変形や形態異常で、左右の数値が全然違います。でも、足底板のお蔭で治療初期よりは左右差がないと思われます。

最近は便利な機械があるものですね。またお願いしてみようかな♪

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幼少期からずっと、補装具である「入谷式足底板」を使用している私。
入谷式足底板とは、理学療法士の入谷誠先生が提唱・発案したもの。

私は入谷式足底板を扱っている病院の理学療法士さんに調整に調整を重ねてもらっています。
それにしても、8年間も使ってきた患者本人なのに、何一つ足底板のことを理解していない私。
足の解剖学や足底板に貼られるパッド一枚一枚が、身体のどの部分を改善させるために働いているのか分かっていません。

「長年足底板を使っている割に詳しく知らない。いい加減きちんと学ぼうかな?」そう思いながら調整に行った今日。
そしたら、たまたま担当の理学療法士さんから、「もし合わなかったら、自分で調整してもいいよ」と言われたのです。

「えー!怖い。。。」

この足底板にあるパッドは、理学療法士さんの目線から貼られた一枚一枚非常に意味のあるパッドなのです。
それを「合わないから」と言って動かすことは、1mm変わってしまっただけでも「どこかが痛い」ことに繋がってしまうのです。逆を言えば、どこかが痛くてもほんの少し足底板を調整するだけで歩行の仕方が変わり、それが症状の軽減に繋がるのです。

無痛の生活は、足底板上の微妙な位置関係にあるパッドを踏むことによって生み出される自身の姿勢と、無意識な正常に近い歩行によって支えられています。

それを知っている私だから、「もし動かし方を間違えたら…」と思うと、だいたい動かしたい場所は決まっているものの、怖くて動かせません。
先生曰く、「印を付けて剥がしてから合わなければまた元の場所に戻して、違う場所を動かして試し歩行を繰り返せば分かる。」ようですが。

帰宅後やっぱり合わない箇所があると違和感を感じるものの、「そんなことを素人の私がやってしまっていいものか」と。
「再度調整してもらおうかな?」と思いつつ、「時間は沢山あるし試してみようかな?」と、足底板を見ながら葛藤中です。


今が学びどきかな?


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 今日は、私の現在の症状を記載しますので、参考にしてください。

★脳性麻痺(痙直型対麻痺 伸展タイプ)
  原因:『大脳皮質形成異常』 『巨脳症』

☆首:ストレートネック → 頸椎症
 肩:   ――― 
 腕:   ―――
☆肘:外反肘 → 肘部管症候群 
 手:   ―――
☆腰:筋膜性腰痛症
☆股関節:臼蓋形成不全(Sharp角:右48°左46°CE角:右20°左22°)
☆膝:両側円盤状半月板
☆足:麻痺性内反足、有痛性外形骨 → 骨棘形成

これが私の現在の病名と症状です。★は私の先天的な障害、脳性麻痺。☆は毎日代わる代わるですが、痛みの出る箇所です。―――は何も症状のないところ。そして→は、左側が私が元々持っている骨格体型や奇形、右側が二次障害の病名です。
上肢以外は何かしらの奇形や、それに基づく症状が出ています。下肢は障害の影響もあるので仕方ありませんが、上肢にも下肢が頼りないが故、手に頼って生活してきた代償が出てきていると実感しています。

私の脳性麻痺自体による麻痺は非常に軽く、今の主治医の先生には「医者をやってきて脳性麻痺者を診てきた中では、1位2位と言える程軽いし、レントゲンもかなり綺麗」と言われるような状態。
足部を指示通りに動かそうとすると少しぎこちないか出来ない動作がある・階段を下るときに必ず手すりが必要なこと・バランス感覚が弱く足場の悪い所では自信がないことを除けば、健常者とほぼ同じ動作をすることが可能です。
座っている時だけでなく直立の状態でも、なかなか私に障害があること、ましてや脳性麻痺者であることは、まず気付かれないと思います。一緒に横に付いて歩いて歩き方をじっくり観察したり一緒に階段を上り下りしてみると、だんだんと私の下肢に少し問題があることが分かってくる程度だと思います。

医療機関を受診してでさえ、「本当に?分からなかった!軽いのね!」と言われることがしばしばあります。
ただ、脳性麻痺や様々な障害者の診察経験のある医師ほど、“軽い=活動性が高い”と捉えていて、一瞬は「本当に軽いんだな」と思われても、「軽いって言われるのは心外なんでしょ」と笑って言ってくれたり、「麻痺は軽いけど体は硬いし色々な所に負担が掛かっているから、その代償はあるよ」と言ってくれたりします。
また、「これだけ自由も利くし活動性が高い状態でありながら、身体的な状態として下肢が原因で軽い側彎があること・姿勢として腰椎の前湾が強いこと・歩行時の骨盤の振れ幅が大きいことなどを考えると、腰痛は今後も強く出るだろうし、付き合っていくことになるだろう」とも言われています。

もちろん生まれながらに障害の程度は変えられないから、軽ければ軽いだけいいという意見もあることと思います。
でも、軽いからこそ動けてしまえば、それだけ体にかかる負担は大きいわけですし、何歳までもこの腰痛を持った体で歩き続けなければいけないのです。
そう考えたら、「数年間ですら耐えられなかった腰痛を抱えながら、体力が少しずつ落ちていく中で歩行を続けるのはキツイ」と考えています。
だから私の身体的な目標は、「いかに体力の現状維持をして疼痛を出さず、日常生活を快適に・活動的に過ごせるか」だと思っています。

ここに記載した病名や症状に関して、私の経験から答えられることがあれば伝えますので、聞いて下さいね!障害の程度が超経度な私だからこそ、健常者と障害者の間に立って伝えなきゃいけないことや、できることがあると思っています。
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突然ですが、「脳性麻痺の二次障害」という言葉をご存じですか?

『脳性麻痺の二次障害とは、脳性麻痺・ポリオなどの肢体障害者の人たちが30歳前後、早い人で20歳の頃から、“首・肩の痛み”、“手足の痺れ”、“つれ”、“冷感”、“重み”などの症状に襲われ、健康被害・身体機能の低下をもたらすことである』仏教大学 植田先生『二次障害ハンドブック』P102“二次障害とは何か”より引用)

『脳性麻痺と診断されたときに合併した症状を、一次障害または合併症と言い、知的障害、構音障害、てんかんなどがあります。二次障害とは後になって現れる症状で、関節変形、脱臼、側彎、頚髄症、精神心理障害などがあります』(『成人脳性麻痺ライフ・ノート』P10“二次障害とは何?”より抜粋)

脳性麻痺は発達上の障害なので、動き始めた時から・歩き始めた時から、どんなに健常児に近づこうとしても、健常児の動きとは違うわけです。出生後からの何十年分もの間違った動きによって負担が身体に掛かってしまい、早くから身体機能が消耗してゆくと考えられるのです。
健常者でもある年齢に達すると、そこから徐々に身体機能が低下してゆくことはあると思います。脳性麻痺者の場合、いくらかその発現が早いといった感じでしょうか。計算方法としては、「実年齢×1.3が脳性麻痺者の肉体年齢」とも言われています。

脳性麻痺は出生後、何よりも早くから障害の発現に気付き、治療に取り組むことが大切とされています。ただ事実として、どんなに幼少期から脳性麻痺の早期発見・治療をしても、二次障害の発現は避けられないようです。

脳性麻痺は進行性ではありません。それは、以前紹介した脳性麻痺の定義でもはっきり記載されていることです。
しかし障害は絶えず変化してゆくようで、例えば、軽度障害者が、突然重度障害者になってしまうような劇的な変化はないにしろ、軽度障害者が中等度障害者になったり、今まで歩けていた者が移動に杖や車椅子を使うようになったなど、自分の元の程度から、少し進んだ位を考えていればよいとも言われています。
(重度脳性麻痺者のほうが障害の程度が重くなってしまうように考えてしまいがちですが、日常でほぼ健常者と変わらない動きをこなしていた軽度脳性麻痺者の方が、成人後の障害程度の変化は大きいとも考えられています。)

リハビリで対応をすれば、現状維持や悪い変化を最小限に抑えられたとしても、日々の負担のほうがどうしても過度に掛かってしまい、二次的な変化を抑えることはできないのでしょうね。

現在二次障害と共に生活している私も、17歳で腰痛が起こるまで「二次障害」という言葉は知りませんでした。
そして未だ、世間や脳性麻痺の当事者や医師・医療関係者であっても、二次障害のことを知らない方は沢山います。
「一人でも多くの人に脳性麻痺者の二次障害の実態を知って理解してほしい」と思い、今日の記事を記載しました。


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