カテゴリ:脳性麻痺のこと( 44 )


今月は…
私が9歳の時にアキレス腱延長手術をしてから、20年が経った月です。

ヒュー\(^o^)/
祝!20周年~♡

記念だね記念☆
入院日が7/12で術前検査日が7/13?手術日は7/14だった気がします。

20年かぁ。

20年って言うけど、20年って凄いなぁ。
20年って何?言葉以上に昔過ぎる 笑

9歳だった女の子が来年は30歳になるんだから、そりゃ皆老けるよね 笑

でも、あの日から20年経ったんだって。
過ごして来れちゃうもんなのですねぇ。

一般の整形外科で沢山の大人の中に子ども一人だったから皆が私を大事にしてくれて、痛い辛い苦しいなどマイナスな思いは一切無かった私。
「お別れは寂しいから退院したくない」とは泣いたけど、鈍感なのか騒いでも無意味だと思ったのか、入院中治療のことでは一切泣かなかった。

病院なのに今振り返っても楽しい思い出しかなくて、配慮に感謝です。

当時の私を担当してくれた医師やPTさんとは今でも繋がりがあるけど、

装具の型取りをする度に「頑張ったね」と言ってキャラメルをくれた装具士さん・毎日明るい笑顔でお世話して下さった看護師さん・私に特別室を譲ってくれたおじさん・夕方に車椅子での散歩で入った雑貨屋さん・リハ室前に立っていていつも行くと声を掛けてくれたリハ助手のおばさん。

みんな、今どこで何してるのかな。
分からないけどお元気だといいな。

って。

一昨年は不思議な縁で、私の入院中に理学療法士養成校の専門学生として実習に来ていた方と、なんと、18年振りにお会い出来たんです!
9歳の頃の私と私とのやりとりまで覚えて下さっていて、18年振りにも関わらず当時の面影が残ってると言って下さり本当に有り難かったです。

入院前に親友と入院に必要な物を一式揃えに買い物に行ったことや入院中に学校や近所の友達から手紙が届いたこと、担任の先生がお見舞いに来てくれたことも覚えているし、人だけではなく、入院中の一日一日の小さな小さなエピソードも昨日のことのように忘れてなくて、当時の病院の待合室やリハビリ室のにおいやレントゲン台や手術台の冷たさ、消灯後の廊下の静けさ等、懐かしい空気感を思い出すこともよくあります。

それからは毎日が楽しいだけだった笑顔いっぱいの子供の頃とは違い10代後半~20代前半は色々と思い悩み、「死にたい…」と言ったこともあったけど、何度もその危機を乗り越えて29歳になり、周囲の方々の支えのお陰でこうして20年目を迎えられたこと、本当に感謝だと思います。

そして何よりも当時一度手術をしたきりで再び尖足になることはなく、状態を維持したまま生活出来ていることが、一番有難いかなと思います。
医師が体の成長をきちんと予測した上で、尖足再発や再手術の必要がないよう適切なアキレス腱の延長度合いにしてくれたことに感謝です。

アキレス腱単独延長については賛否両論ありますが、あの時に手術をした結果今の状態であることが、ベストな選択だったのだと思ってます。

画像。

入院中当時の担任の先生から届いた手紙、今も大事に保存してます。
(私の名前が漢字表記だったので、「~さん」のところは消しました。)

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手紙の9/1という記載より実際の退院日はもっと後だった気がしますが。

感謝ですね。

当時は自分が脳性麻痺なんだとは知らなかった私なので、まさかこの手紙の通り、今でもリハビリが続いているとは思ってもみなかったけど^^;

私は理学療法士を目指していたため、本来なら同業者か同じ職場にいたはずなのに叶っていないので良い報告が出来てる人生でもないけど、

何年経っても夏になると9歳の夏の入院生活のことを思い出します(^^)

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私が脳性麻痺を患う原因となった、片側巨脳症(へんそく - きょのう - しょう )という疾患。

分かってるだけで全国に患者数が100人未満しかいなく、数年前には、片側巨脳症に起因する希少てんかんに関する研究班も出来たとか。

最初は「私が難病???」「希少疾病???」「疾患研究班???」「説明を読んでも病気の症状が私の現状と異なる気が???」と思ったんだけど、私のMRIを見たレベルの高い病院の神経内科医(しかもベテラン医局長)が「片側巨脳症だね」って言うから、「そうなのか」で仕方ない。

診察室にスタスタ元気に入った私を外見だけでは一切脳性麻痺者だと信じてくれない時にでも、画像では指定難病なんてこともあるんですね。
疾患に対しての知識や理解がまだ私自身浅いのでここでは詳しく説明しませんが気になる方はご自身で調べてみて下さいね。(指定難病136)

凄いな。

何に驚きかって、私は母の妊娠中、出産ギリギリまで健康に育って、いざ出産をしょうとした時に上肢の脱出が起きたために緊急搬送・帝王切開 → 低酸素状態・低体重出生となっているから、ずっと原因は周産期にあると思っていたのに、それが根底から覆ったことがビックリだった。

まぁ、上記の出産でもそもそも出生日は予定日よりも1ヶ月半位早いという問題はあるし、出生までの経過がどうだったのかが私には詳しく分からないけど、まさかの胎生期(カラダのカタチが正常に作られる時期)の異常で脳奇形児だったとは、「初期の問題は無かったの?」って感じで。

とにかく私のMRIは、片側巨脳症の画像を呈している。

(ちなみに親族も周産期の異常だと思ったままで本当は胎生期の異常であることや片側巨脳症という病名を知らないどころか脳性麻痺の詳しい説明も受けていないので、私は未だに脳波を撮ったことがないんです)

読んで字の如く、片側の脳みそだけが巨大化していて、その巨大化した脳みそを頭にを収めないといけないから、頭蓋骨までが巨大化してる。
頭蓋骨と脳の大きさは正常ではだいたい均等だろうに私はあからさまにサイズや内容量が違うから、不均等な頭は、左右でカタチが全然違う。

う~ん。伝わりましたかね?
ちゃんと説明できてるかな?

私に会ったら頭のカタチを見てもらえばいいのですが(笑)後頭部が出っ張ってます。問題は左側らしいですが、右側の方が位置が高い気が。

私はずっと自分の頭のカタチを、人それぞれ顔や背格好が異なるのと同じだと思って異常だと気付かなかったのだけど、社会人一年目で頭痛を起こした時にMRIを撮ったら担当して下さった放射線技師さんが出てきた私を介助しながら、「頭のカタチってさ、今まで誰かに何か言われたことある?後頭部出っ張ってるの、気にならない?」と言われたのが最初。

その時私は片麻痺性偏頭痛の発作の真っ最中だったしフラフラだったので、そんなこと聞かれても頭にはハテナマークがいっぱいだったけど、技師さんは先に画像を見ていて脳奇形に気づいてくれていたから、脳奇形がハッキリ分かるように、機転を利かせて医師が指定した撮影角度とは違う向きで撮ってくれたのは有難いことでした。技師さんナイス! 笑

(また頭痛も、普通の偏頭痛ではなく片麻痺性偏頭痛という発作中に片麻痺が起きる辺りが、私の脳が普通でないことを示してるような気がする…。ホントに私の脳は麻痺が好きだね〜 笑 脳梗塞の発作と瓜二つな片麻痺性偏頭痛を起こして以来、発作が恐ろしくてお酒が一滴も飲めないのが地味に辛い>_< 片麻痺性偏頭痛に罹る前はチビチビ缶チューハイを楽しんでいたけど、またいつか晴天のビアガーデンでジョッキから一気飲み出来る日が来たらな 笑)


そんなこんなで、私が感じる日常生活で面倒なことは『髪を結ぶこと』
私のアタマのカタチがヘンだから、なかなか髪型が決まらないのです。

まぁ私なんて癖っ毛でいつも髪型がボサボサだし、顔も大したことない顔だから、髪のセットに時間をかけたところで何だって話ですが( ̄▽ ̄)
何だかここ数年は、毎日頭のカタチが変わっていく気がするんです! 笑

毎日顔が変わる赤ちゃんじゃないのにね。上肢の巧緻性が日々落ちてるからだと思うけど、外出前に嫌という程時間が掛かるのが、髪結び

で、時間がかかったからって、ステキな髪型になる訳ではない( ̄▽ ̄)

「華美である必要はないけど、障害者であれば尚更、人に不快感を与えない身なりが大事だと思う」と考えれば考える程、髪型が決まらない^^;

そんな私の頭のカタチや髪型を見て叔母が私に「見て、ネェネ(私の呼び名)の頭頂部!いつもふんわり高々なの、いいよね~。憧れだね♪世の中の人なんて、いかに頭頂部を盛るかに苦労してウィッグ乗せてるんだよ(笑)ネェネはその点一生悩まないんだから幸せ者だね♡そこだけ皆にちょっと分けてほしい\(^o^)/」と言った時は意外で、救われました。

疾患のことを知ってか知らずか、親族の中でも、特に障害に関して前向きな考え方をする叔母にはいつも助けられていますが、最近の私は…。

「私の後頭部よ引っ込んでくれー!」

見た目は一切気にしてないんだけど、
時間がない時の、心の叫びでした 笑
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患者を選ばないで!
偶然ニュースを見ていつも感じる複雑な思いが蘇り、記事にしました。

ブログに挙げるかどうか、とても迷ったのですが…。成人脳性麻痺者をとりまく現状を共有したいなと思い、今日の記事を載せることにしました。

見たのはこの記事です。
私は医療現場でのスポーツ選手に対しての好待遇感が嫌いなんです。

スポーツ選手はもちろん、相手が子どもでも、スポーツをやっている子への指導は、他の患者さんとは全然違うなと感じることが、よくあります。

「スポーツ選手はスポーツが仕事だから、他の人よりも念入りなのは仕方ない?」私からしたら、「いやいや、全員患者ですから!」って感じで。

例えばリンクのように子どもが「野球肘で」と受診すると念入りなケアで細々とフォローが入るのに、例え同じ状態になったとしても障害者が「脳性麻痺で」と受診すると、「このくらいの変形は皆ある」「問題にはならない」「スポーツやってる子たちは小さいうちからもっと…」などとなってしまい、きちんと取り合ってもらえないと、対応に差を感じることがあります。

どこ見てるんですか?
レントゲンばかり見て、実際の私の症状を見てないんじゃないですか?
スポーツをやってる子は両親や監督も来るから対応変えるんですか?

「脳性麻痺は先天性だからこれ以上は改善しないし、仕方ない」ことを言い訳にして、患者をきちんと診てないだけなんじゃないんですか?

と、思ったりね。

ずっと通院してきて、そして、患者側だけではなく医療機関でも働いて少しの間だけでも現場を見てきて、良くも悪くも「患者は選ばれる」と知ったから、疾患への対応に差があることについては、複雑な思いなんです。

成人脳性麻痺に関して言えば、小児期の環境とはガラッと変わります。
そのその本当の苦しみは、当事者でなければ理解できないと思います。

私はまだリハビリを受けることができていますが、地域差がかなりあり、リハビリを切られるどころか診察すらも門前払い、なんてこともあります。
そういう場合は皆さん自分に合う治療法を見つけて自費で施術を受けているようですが、そこに公的な助成は一切なく、切り捨て感が凄いです。

そして例えリハビリを受けられたとしても、自費だったり保険診療でも不十分だったりして、脳性麻痺者への医療の必要性は理解されません。

東京オリンピックに向けてなどバリアフリー面で徐々に整備され、発達障害やLGBTなども含めて障害者理解も進んできたと感じたり、超高齢化社会で健康やスポーツに対しての意識がより高まったりと徐々に変わってきたと感じることはありますが、障害者医療はどうも進まないですね。

というか、私個人、成人脳性麻痺者としては、捨て置かれているとしか思えず、変わっているとか良くなっているという実感は、何もありません…。

色々な決まりごとは国からのお達しだとしても、各医療機関・医療関係者の方の対応の仕方一つで、患者の満足度がグッと上がることもある。
それは患者として通院してきたり、医療機関で働いて、感じたことです。

そうした意識すらもされないことがあるので、納得がいかないんです…。

考えても考えても結論は出ず「ゔ~ん゛」と沈黙が続いてしまうのですが、
「皆同じ人間・同じ患者なのに…。患者を選ばないで!」そう思います。

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最近、体力の無さを痛感しています。

障害があるとは言え、ある程度は歩いたほうが良いのかもしれないけど
今はほぼ一日家にいても、家事で動いているから良いということにして。

でも、皆さんは働いて頑張っているのに、家にいる私が「疲れた疲れた」言っていたらと、何だか申し訳ないというか、罪悪感もあったりもします。

私は今年、20代最後の歳になります。

脳性麻痺者は実年齢よりも体力の低下が早いと言うけど、実年齢でもうすぐ30歳ということは、脳性麻痺者の体力年齢としては、40歳か50歳?

自分がもうすぐ30歳とはただ驚きで、毎年祝ってくれる親族を差し置いて、私は本当に本当に年々自分の誕生日が全然嬉しくないのですが、
実年齢の感覚で気持ちはずっと若いつもりでも、実際は自分の親くらいの体力しかないということなら、そりゃ疲れますよね、って感じですよね。

自分の中で10代と20代の体調や体力の感じ方の差はもちろんあるけど、脳性麻痺者とは言えまだ20代だから元気なほうなんだと思います。
ただ当事者の方が「30代に入るとガクンと衰えを感じる」と言うのを聞くので、「CPの30代ってどんな体力感覚なんだろう?」と思ってたんです。

私は元々行動には時間はかかっていたけど今は更に休憩が頻繁に長くなった気がして、今までと同じ行動時間では全然足りない日もあります。
動作が緩慢で全然急げてないのにバタバタしてみたり、以前よりも手指がもつれて一人で勝手に「ムキーッo(`ω´ )o」ってなったりもしてます 笑

でも私は健常者の体力感覚は分からないし、「脳性麻痺者とは違う」と言われるけど健常者の方も普段色々と動いてお疲れだし、オシャレさんは準備に沢山時間かけてる方もいるから、結局の疲労度は同じかな?

最近一番の体調不良は再燃してしまった腰痛もありますが、それ以上なのは股関節。以前も書いた気がしますが、毎回始動時痛が問題です。

外出先でも自宅でも、椅子からや床から、長く座っているところから立ち上がって動こうとする時か、体勢を変えようとする瞬間の股関節痛が…
今までは「股関節がズレるのは年に数回」と言っていた私からしたら、一時痛めただけだと思っていた股関節痛が続いているのは長いのかなぁ。

それから、ブログは自分自身の支えにもなっているので負担はないのですが、すぐに手指や手首・肘に痛みがでてしまって使い物にならなくて、
下肢も太腿の筋肉やアキレス腱が引っ張られて切れそうな感じや膝痛や足痛があったりと身体中様々な痛みを挙げれば、キリがありません。

診察でもリハビリでも、「全身が痛い」と言う私に医師もPTさんも理解をしてくれて、「じゃあ順位付けて」って言って下さるので助かっています。

そして20代半ばくらいから頻繁にあるのは、あまりに疲れ過ぎると、過緊張を超えて脱力が起こること。今は左半身に脱力が起きて抜けてます。
私は左側はほぼ健常に近く右側のほうが麻痺が強いから、それを考えたら、右側よりも左側のほうが力が入らないなんて珍しいことなのです。

よく二次障害の進み方を「筋緊張→痛み→痺れ→脱力」とは言われますが、学生の頃や20代前半位までのよく動いていた時期には過緊張と痛みだけだったので、今はその後に痺れや脱力も起こるようになったのは、徐々に体の状態も変わってきてるのかな?と思っていたところです。

こんな感じかな?

でも事実として疲れているなら、休み休み進めるしかないですもんね。
焦らずに、一日一日と、ひとつひとつの物事を順に、追ってゆきます。

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お風呂上がりにボーっとしながら髪を乾かしていたら母が後ろを通った。

その瞬間! 「ビクンっ∑(゚Д゚)」
ふぅ~。心臓に悪い驚愕反射。

体がのけ反って、持っていたドライヤーを落としかけたほどビックリした。

『驚愕反射(びっくり反射)』とは、健常児の赤ちゃん時代と脳性麻痺者に特有の反応で、突然の音や刺激に、健常者の必要以上に驚くことです。
例えば、普通に「ねぇねぇ(^^)」と声を掛けられた程度で、「ぎゃー∑(゚Д゚)!」と叫ぶお化け屋敷ほどに 「ビクンっ∑(゚Д゚)」となってしまうことも。

「え?そんなに驚いた?ごめん!急に声かけて。」って感じですよね 笑
本当に驚いたのもあるけど驚愕反射で体が勝手に反応しちゃうんです。

私に驚愕反射が起きるのはボーッとしてる時か極端に緊張してる時で、身体がフラフラ不安定でバランスが悪い時にも起こりやすい気がする。
逆に身体がしっかり踏ん張っている時や、集中している時は起きない。

かな?

今でも、急に「ビクンっ∑(゚Д゚)」となって、それが驚愕反射だと分かっている人には、「あ!ごめんごめん。驚いたよね^^」と言って背中をさすってくれたりするけど、脳性麻痺者の特徴だと気づかない方は、私のビックリを見て、ビックリして、「え∑(゚Д゚)?何?どうしたの?∑(゚Д゚)?」となる 笑

今までの私の人生でのビックリ反応エピソードと他の脳性麻痺の方に教えていただいた内容から『脳性麻痺者に驚愕反射が起こる場面』を考えると、そのタイミングは大きく分けて2つある気がします。一つは『後ろから声を掛けられた場合』そしてもう一つは『緊迫したムードの場合』です。

まず『後ろから声を掛けられた場合』ですが、先述の「髪を乾かしてたら後ろを母が通った」にも言えることですが、驚き加減というか反応の仕方は個々の精神状態や筋緊張度合いによって異なると思いますが、脳性麻痺者の場合、視界に入らない遠くから声だけで呼ぶよりも、目の前に来てきちんと姿が見えてから堂々と声を掛けるほうが良いと思います。

その他の『後ろから』もしくは『見えない所から』に対しての驚愕反射発生エピソードは、〝後方から来た自転車のベル音〟・〝携帯電話のバイブ音〟・〝インターホン〟などが挙がりましたが、どの例でも〝突然〟がキーワードで、「急に驚かすなよ」という意味合いなのかもしれません。

そしてもう一つの、『緊迫したムードの場合』での驚愕反射について…。

例えば、私は学生時代は吹奏楽部でしたが、シーンとしているところで急に音が鳴るような曲は苦手で、既に自分で楽譜を見ていてどこで盛り上がるのか知っているのにも関わらず、「ビクンっ∑(゚Д゚)」となることもあり、顧問の先生からは散々「もっと自信持てよ!」と怒鳴られてました。

「ビクンっ∑(゚Д゚)!」となるとそれと同時には吹けないこともあるので、「お前は本当に本番に弱い!良い加減にしてくれよ!何でそんなに自信ないんだよ!もっと自信持ってくれよ!堂々としろって言ってんだろ!いちいちいちいち驚くなーっ!」って言われて。練習練習でしたが、また驚く。

もう泣きますよね 笑

「そんなこと言われても私もどうしようもないのに…」と泣いて友人や先輩に諭されていましたが、今なら「脳性麻痺だから仕方ない」と思えても、当時は私も自分の障害名を知らなかったので適切に説明が出来なくて周囲が言う通り気弱なんだと思うしかなく、本当にもどかしかったです。

他には、映画館で映画を見ていて急に大きな音が鳴った時、神社でのご祈祷で思いきり太鼓が叩かれた時、シーンとしている教室でいきなり教師が怒鳴って叱った時、読み聞かせや劇で急に大声が出された時など、私が今まで極端に「ビクン∑(゚Д゚)!」となった場面は、沢山あります。

式典には弱いのかな?葬式で木魚や鈴が鳴る度に「ビクン∑(゚Д゚)!ビクン∑(゚Д゚)!」と足が床から上がってしまう私を見て、弟は爆笑でしたね^^;
「しょうがないじゃん。そういう障害なんだから~!」とは言いましたが 笑

膨らんでいく風船を見て「割れるかも?!割れるかも?!」と思ってると徐々に筋緊張が上がり、いざ割れた時の驚き具合がハンパないとか 笑

ビックリすることは誰にでもあることですが、脳性麻痺当事者の方なら、一つは「あるある!」と理解できる場面もあるのではないでしょうか?
当事者でないとなかなか驚愕反射のイメージや感覚は湧かないと思いますが、情報を求めている方の何かの参考になればと記載しました。

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脳性麻痺のことを考えれば考えるほど悔しさともどかしさが強まるけど、

「仕組みだから仕方ないか、こんなもんか」って呑むだけのほうがよっぽど悔しいしもどかしいから、私なりに何か爪痕を残すようにしています。

私に関わって下さったり話して下さった方の頭の片隅に、何か私の言葉や行為の断片が残り、ふとしたときに思い出してくれればいいなぁ、と。

脳性麻痺っていつの時代も医療制度や地域差に翻弄されっぱなしだし、まだまだ脳性麻痺の現状は医療関係者にさえ伝わってないから、必要な所に適正な提言をしていくのは当事者こそできることだと思うのです。

以前の職場で、尊敬する上司に、「伝わってないのは話してないことと同じなのよ。泣きたい時ほどしっかりしなさい!」と言われたことがあって。

本当にそうだなって。

もっともっと自分に文才があれば、もっともっと言葉の切り返しが早ければ、もっともっと上手に話せたら、相手にきちんと伝わるのにと思うけど

「周囲には〝場面緘黙〟だと思われてるんじゃないか?」というほどに昔からコミュニケーションを取ることがヘタで、空回りのほうが多い私…。

一つ一つ、丁寧に伝えていきたい。
まだまだ自分の力不足を感じます。
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不思議な気持ち。

私のこの生命を、余すところなく使ってほしい。
身体中粉々になるまで研究に役立ててほしい。

身体は借りもの。
魂は自分のもの。

レンタルしているこの身体は、なるべく壊さずに使いたい。
でも、もしも壊れてしまったら、大事に大事に修理したい。

私の魂は最後まで思い出をいっぱいにして生き切りたい。

最期の日に、「稀少な病気だったけど、壁の多い障害だったけど、私は私を生きることができて、幸せだったな。」そう思いながら終わりたい。

昔から思っていたこと。

私に生命の奇跡への感謝が芽生えたのは、『蝶々結び』を聴いたから。

良い歌ですね♪( ´▽`)

とっても感動したけど、電車で泣いたら変だから頑張って耐えました 笑

「緩く結んだ紐はいつでも簡単に解けるけど、硬く結んだ紐だからこそ解くのは難しいし、すぐに絡まるんですよね。」という言葉が印象的だった。

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沢山の支えがあって今日が普通という奇跡を生きられたことに感謝して
一生懸命生きようとした昔の自分に恥じないように生きていかなきゃな。

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ここ数日、視野欠損の受診先探しでなんとなくバタバタしております。

視野欠損が何が原因で起きているのか、脳と視覚の状態・疾患を繋げて考えることの医療機関を探し、紹介状を持参して受診したいからです。

受診前の電話連絡の段階で〝P患〟(要注意人物)の印象を与えてはいけないし、受診中の医師との会話でも物言いにはきをつけなきゃと。

地域で生きる障害者。

大切なことは、生き続ける間に自分を支えてくれる場所を増やすこと。
関係を絶つのではなく、繋ぎ止めておくことが大事なんだろうなぁ~と。

(脳性麻痺者で医師の熊谷晋一郎先生の『自立とは依存先を増やすこと』にも似てますね。)

眼科では診察で医師と直接話したのでとにかく穏便に、以前の通院先の神経内科へは手が震えそうになりながら事前にメモを書き、手に汗握りながら電話をし、全ての感情を抑えて会話をし、問い合わせました。

う〜ん。

う〜ん。

…………………………………………………………………………………。

う〜ん。

幸いにも、眼科では「大学病院に紹介状を書きます」と、神経内科では「一度受診して下さい」と受け入れの姿勢でいて下さいましたが、それは単に第一段階突破なだけで、まだまだ越えるべき壁だらけなのです。

何しろ、私に障害があると分かった時点で脳性麻痺について詳しく説明を受けなかったことのしわ寄せが、今、どどっと私にのしかかってます。

もはや当時の医師もいなければ母子手帳など当時の記録で為になるものはほとんどない状態で、私のことを誰も何も知らない医師や看護師に尋ねても何も分からず、皆で、今起きていることを〝たぶん〟で話すしかなく、どこに・誰に頼ったら良いのかと、今更感でしかないのです。。。


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母子手帳に挟まれた自分を見るたびに、不思議と申し訳ない気持ち。

だから、告知を受けること・説明を受けること・治療をすることは親にとっても子にとっても受け入れ難い恐怖であるかもしれないけど、〝その時〟にしか知り得ない分かり得ない、後になったら繋がらないこともあるから、きちんと逃げずに向き合うことも大切だなと本当に思っています。

そしてここ数日、自分のものであるはずの脳の病気を調べ続けており、その疾患で私ほどの軽症は居ないんだと、生命の奇跡を感じています。


28年前に置き去りにされた真実を頑張ってひとつずつ繋いでゆきます。
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こんにちは!

一昨日昨日と、随分暖かかったですね。普段は付けっぱなしのカーペットは消してストーブもあまり付けず、毎日使うゆたぽんも入れずでした。

私はここ2・3日気落ちして全くベッドから出られず、いけないと分かっていながらも寝たきりで、冬至のことなんてまるきり忘れていました(´・_・`)

本当にどうしたら良いのか分からず、こんなに動けないのも久しぶりなのですが、今日もベッドの中で携帯メモにブログ文を起こし、PCへ転送。

食事もままならず、唯一動いているのはトイレくらいな気がする廃人ですが、最近この時期恒例のアキレス腱炎気味なので写真撮ってみました。

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要は柔軟性不足ですかね~。
歩き始めなどにピキッと来る。

毎年冬は通院までの道中でアキレス腱が痛くなって歩けなくなることが多く、病院に着くと「さっきアキレス腱が痛くなった。切れたと思う!」と。

「いや切れてないから大丈夫 笑 切れてたら歩けないから!」って感じ 笑でもホットパック当ててないとアキレス腱が冷え冷えだったりして…。

歩いてる最中にいきなり「ピキッ!」とか「ズキッ!」って来るから、急すぎて痛いし結構怖いので、冬は特にストレッチや保温は大切ですよねぇ。

足の写真を載せたのは、それにしても手術跡が薄くなったなぁ~と(^^)拡大したので途中で切れてますが、←ココって書かないと分からない。

アキレス腱延長術を受けてから19年が経ちますが、(どんだけ昔の医療だよって感じですね w )薄っすら縦に+++の縫い跡が分かりますか?

あ。
かかとにある3つの点の傷は手術関係なく最近飼い猫に噛まれたもの。

酷いでしょう~ 笑 

お利口な黒猫ちゃんで、私が夜布団に入って寝ようとすると遊んでもらえなくなるのが分かり、足に噛み付くんです。結構痛いし歯型が残る^^;

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甘噛みではなく本気なので叱るのですが、最近は「ダメッ!」って言うのとほぼ同時に、バタンと倒れて降参するのを覚えて…。手鉄砲で「バーン」ってやると倒れるのは犬だけだと思ってたけど、猫でもやるのね♡

それよか、

私、自分がアキレス腱延長術を受けて初めて気がついたのですが、アキレス腱って写真よりもう少し右寄りの足を背屈した時に一番硬くなる部分にあると思っていたのですが、私の手術跡だと、少しズレてるんです。

昔から「アキレス腱って自分が思っていたのと位置違うんだ」と思ってましたが、最近、「アキレス腱はもう少しズレた位置だけど、もしかして、真上を切って後々弱くなったり機能しなくなると大変だから、あえて少し離れた場所を開いて間接的に触るのかなぁ?」なんてふと思っていました。

って、分からないけどね。

アキレス腱の話でした~!

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今日はちょっと衝撃的なタイトルにしてみましたが、私は、脳性麻痺者の筋緊張の度合いは、人の言葉かけ次第で決まると思っています♪( ´▽`)

もちろん元々の麻痺の程度により筋緊張には個人差がありますが、言葉次第で凄く筋緊張が強まることもあるし、逆に一気に緩むこともある。

例えば、お出掛け前にバタバタしてる時などは、「早く!ここで待ってるから急いで!」って言葉を脳性麻痺者に言うのはタブーだったりします。

麻痺があり動作が緩慢なので、元々急げません。 むしろ「急げって言われた!急がなきゃ!」って思ったら余計に動作が遅くなり、空回りする。それに加えて〝見られている〟気配でも筋緊張が強まってしまいます。

だから、「ここで待ってるから急いで」と言われるよりも、「先に行ってるからゆっくり来てね」のほうが「誰も居ないゆとりある空間で作業できる。焦らなくても良いんだ」という気持ちでガクッと緊張度合いが落ちるんです。

病院でも同じ。

診察室に入る時に医師に見られていると既に筋緊張は高まりますが、検査時やリハビリ時には単に「力抜いて」だけじゃ筋緊張は落ちない。

それなのに、「力抜いて」の代わりに「ダラ~ン」って言われたら、全身の力がガクッと抜けて楽になる。他には、「フゥ~ッ」と言われても大丈夫。

不思議ですよね。

「そんなに力まないで力抜いて」だけじゃ「無理で~す」って感じなのに、「ダラ~ン」とか「フゥ~ッ」というイメージは、脱力しやすいんだと思う。

脳性麻痺でも知能に問題が無ければわざわざ成人に向かって子供っぽい言葉を使う必要ないと思われるかもしれませんが、あくまで筋緊張抑制のためなら、イメージが伝わりやすい言葉のほうが早い気がします。

私の場合、地図や図形や方向など瞬時に頭の中でカタチが描きにくいこともあり、病院でもベッドに横になる時点で「右向いて、左向いて」ではなく「あっち向き、こっち向き」と指で指示出ししてくれたら助かるのですが、

以前の通院先での診察で「寝て」とは言われず、ベッドを叩いて「ここに、ゴロン。フゥ~。上手!」って言われた時には、吹いてしまいました 笑

私も従ってしまいましたが、「今、超子供扱いされなかった?笑」って。でも心を許していた医師だったので私の筋緊張も一気に落ちて、体は凄く楽でした。麻痺を理解した誘導が上手いなぁと思ったのを覚えています。

外的要因(冷え・柔軟性不足・筋力不足など)でも筋緊張は強まりますが、内的要因(精神的緊張など)でも筋緊張の亢進を実感しています。

声を掛ける方・接する方は、ぜひ脳性麻痺者の思考にうまく働きかけ、筋緊張が高まり過ぎないような言葉選びや工夫をしてみて下さいね☆
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