友人について


私が友人について思うのは、
「いつもとにかくありがたい!」そして、「私の友人たちは本当に凄い!」

足が悪い私を、幼稚園の頃からサポートしてくれている。階段やちょっとした段差を降りられずにいると、すぐに助けの手を差し伸べてくれる。

でも、助けてくれる以前に、障害のある私と共に居てくれること自体に感謝しないといけないと思う。

私は幼少期から障害をオープンにしている。

下肢に障害があり外見から分かってしまうからということではなく、障害オープンにしても、私を「一人の“人”」として見てくれている、私の友人。

「障害があるから」という理由で判断せず「一人の“人”」として接してくれたから、学生時代の勉強・部活・遊びを通して、互いに切磋琢磨し合えたのだと思う。
普段から「ayanoはどうして足が悪いの?」と、私の障害について詳しい説明を求めてくれる友人もいたし、病気や障害をモデルにしたドラマが放映された後は、男子の協力者の割合も増えた。そこにおちゃらけは一切なく、「何でも手伝うから言って」という言葉を聞いた時は、素直に嬉しかった。
私の障害が脳性麻痺であると分かった時は友人から相談に乗ってくれたし、障害者手帳を取得する際には、私から友人に悩みを伝えた。「障害者手帳を取得したら何かが変わってしまうのか?」と悩んだ私が、制度上も障害者としてスムーズな移行ができたのは、友人達のおかげ。

高校の時、小学生の頃からの友人とケンカをした。

長年親友だと思っていた相手に「ayanoは行動が遅いから私の時間まで無くなる。」「障害者と居るとこっちまで障害者だと思われるから、もう一緒には居たくない。」と言われた。
この友人とは結局ケンカ別れしてしまったし、この言葉を聞いた時は意表を突かれたけど、「確かに。それこそが友人達の本音なんだろう」とも思った。

私こそ、障害のある方々と一緒に居る時に、今まで私を支えて下さった方と同じように、寛容な気持ちを持っていられるかどうか分からない。

私は周囲からの視線を感じたとしても大丈夫。でも、私と一緒に歩いている友人までもが私に向けられた視線を感じてくれているとしたら、強いと思う。

それでもいつも私と一緒に居てくれる友人には、ただただ感謝しかない。


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by ayanonano | 2015-05-26 13:45 | 学童期~学生期のこと | Comments(0)