脳性麻痺の二次障害とは何? -私が二次障害に気付くまで③-


腰痛の度合いからして、あまりにも体育の見学が増えた私。

体育の先生からは、「あなたは個人プレーの競技はやるけど、集団での競技には出ないね。もしかして周りに迷惑がかかると思ってない?体育の授業はもちろん実技も大切だけど、それ以上に周りと協力して何かをやるということも大切なんだよ。今のままじゃ成績、あげられないな。」と言われました。また、「腰痛がどうして起こるのか医者じゃないから分からないけど、腰痛って筋力が弱すぎても起こると思うんだ。だから、足のこともあるけど、少しは体を動かすのも大切だと思う」と言われたこともありました。

結局、部活は高校二年の秋に大会が一区切りしたのを機に中途退部しましたが、その時にも顧問の先生から、「悲劇のヒロイン」と言われました。また、帰宅時間が早くなってからも、強い腰痛で寝ていると、怠け者扱いされました。
色々な場面で、ただやる気のないヤツだと思われていたのだと思いますが当時の私からすればそんな精神論はどうでもよく、「どうして周りはこの痛みに気付いてくれないんだ!」「気持ちの問題なんかじゃない。絶対、何か根本的な原因があるはず!適切な病院に行けば治るはず!」と思っていました。

部活を辞めた後できた時間を使って、近所の整形外科を受診したものの、私自身が自分が脳性麻痺という障害だということをまだ知らなかったこともあり、医師にも腰痛の原因は分かりませんでした。ただ、足が悪いということだけは伝えていたので「関節硬縮」という病名が付いて、「体が硬いんだねぇ!若いのに!リハビリしなよ!」と言われ、ホットパックを当てていました。
当時の療法士さんも私が脳性麻痺だということに気づかなかったことではっきりとした腰痛の原因も分からないまま、「う~ん。治んないねぇ。叩いたでしょ、腰。赤くなってる」と言われながら。温めたりストレッチしたりしながら、半年ほど通いました。
病院で温めたらその時はいくらかは楽になるものの、自宅まで徒歩で20分の間にまた元の痛みがぶり返し、結局は何時間も横になったまま休むことになるのです。

この時期は、「誰も私の痛みに気付いてくれず気持ちの問題だと言われ続けたまま、身体の痛みの原因もわからないまま、一生を過ごしていくのかな?」と考えていました。
精神的にも限界を迎えていたので大変辛い時期でしたが、学校では何とか周囲の速いペースについていこうと、毎食後にロキソニンを飲んで痛みをごまかしていたことを思い出します。
そして、自宅では「周囲を納得させることのできる正しい理由を見つけたい」という思いで、寝る時間を削ってまで必死に身体の痛みの原因を探っていました。

※二次障害の出かたは人それぞれであり、元の障害の程度や生活環境により掛けてきた負担などによって異なります。
※あくまで私の場合ですので、参考にして下さい。


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