※激長注意!

以前、脳性麻痺児の親御さんに「視野欠損ってどんな感じですか?」って言われて、うまく説明出来なくて。考えてみれば、そうだよなぁって。
視野欠損が起きてる私自身も視野欠損に気づかないことがあるのに、外見からじゃもっとわからないし、今日はどんな感覚なのか書けたらと。

以前も書いた気がするけど、私が「自分の視野が狭いんじゃないか?」と思ったきっかけは、運転免許を取得しようと思っていた、4年前のこと。

ある日、普段通り母の運転する車の後部座席にボーっと乗っていたら、「もうすぐ免許取るんでしょ?いつもボーっと乗ってないで、少しはきちんと外でも見てたら?車乗りだしたら、ハンドルとかアクセルとか信号とか歩行者とか、色々見る所あるんだよ」と言われたことがきっかけでした。

一つのことに注視・注力すると周囲が見えなくなることや、逆に色々見たりやろうとすると、どれに対しても散漫で中途半端になるのが私の性格なのに、母が言った通り自分の想像以上に運転中に気にしなきゃいけないことが沢山あるなんて、「本当に免許取れるのか?」と心配になった。

色々考えると頭の中はごっちゃになるのは置いといて、「せめて目だけでも真っ直ぐ前を見て、運転の上手な母と同じものを捉えよう!」と、母に「今、何が見える?」と聞いた。私には少し先の信号だけが見える。

そしたら母が、「私はハンドルの先に信号と道路と歩行者、反対車線の車も少し見えてるよ」だったかな?言ったんです。「信号だけ見えてたって、道路と人も見えてなかったら轢いちゃうじゃん」って。そりゃそうだ。

でも私は信号を見たら信号、道路の白線を見たら白線、人を見たら人と一つずつしか見えないし、反対車線の車を視界に入れようとしたら顔ごと動かさなきゃダメで、そうしたら前の車に激突するんだと気がついた。

「私が持てる視力をいっぱい使って一点を見ている時に、他人は全体像が見えるんだ。これは視力じゃない。視野だ。」って気づいたのが最初。

その後帰宅してからもリビングで母と真正面を見てどこまで見えているかと範囲を言って手で囲って示したりして、見え方の比較をしてみた。

私の見える範囲が狭いかもということにその時は気づかなかった母が、「誰でも見える範囲は同じでしょ?動物じゃないんだから、私だって正面見てたら上下左右はそんなに広く見える訳じゃないよ」と言ったけど 笑

それでも母には見える範囲が私には見えていないことに気づき、そして私の見え方は、目の前で自分の顔幅に前習えをした感じか、もしくは自分の顔幅に窓枠をはめて外を見ている感じなのかもと気づいたんです。

長年私も当たり前に健常者と同じように見えてるものだと思っていたので、自分の見え方の説明がこれで合っているのか、また他人との見え方の比較が出来ないのですが、私の見え方の図はこんな感じでしょうか?

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いつも使ってるフォトフレーム 笑

正面を見ると正面しか捉えられず上下左右は見切れているという意味でこの画像を選んだけど、健常者の通常視野の場合はこんな感じかな?

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緑内障と調べると、視界が黒く侵されていくイメージ画像が出ますが、視野欠損と言っても、私の場合は盲目の方のように真っ暗になる訳ではないので、フレームの外の白い部分は視界に入ればカラフルな世界が見えるのが不思議なところで、見たいなら顔を動かせば良いんですが…。

ただ先述の通り、2つ見たいものがある時は1つしかない顔を動かすと1つは視界から外れる訳で、転ばないように足元を見ながら歩いていると前から来る自転車にぶつかりそうになったり、その逆もあるのですが、眼科での検査結果を見て、子どもの頃から親に、「下見て!そこ段差あるから危ないよ。転ぶよ!」と言われて下見てたら、「ほら!前からも自転車来るから!何で今見てなかったの?両方見てないとぶつかるよ?」と散々注意されていたのに直せなかったのは、肢体不自由で避けるのが遅いということもあるけど、「こういうことだったんだ」と繋がったんです。

以前も書いたけど、学生の時から合唱コンクールや部活や卒業式で使う体育館の舞台やひな壇の上が怖かったり、駅のホームの最前列で電車を待てなかったりの恐怖心は、下側が見切れていたからなんだとかね。

置物につまづいたり外出先で人とぶつかったり、いつも探し物をしてて目の前にあるのに全然気づかないなんてことはよくあることだし、だからこそ私のように、外見は普通の子で自分ですら視野欠損に気づいてなくても、もしかしたら今、実は見えていない子がいるのかもと思うのです。

下肢麻痺は免許センターの運転免許適正検査の結果、麻痺が強いほうとは言え改造なしで利き足で取得可能となったのに、私にとっては身体の麻痺よりも視野欠損のほうが大きな問題なような気がしていました。

医師は「見えないのは下側だから、取りたければどうぞ」と言うし、他人にも、「乗れるよ~!まだ免許取ってなくて色々心配してるからだよ~!色々考えてるうちはムリだろうね~!」と言われることもあるのですが、そこは本当に画像のように正面しか見えていない自分の感覚を信じて、下肢麻痺や視野欠損やてんかん脳や注意欠陥等の理由で諦めました。

「車があれば身体の負担も減らせる」と思って前向きだっただけにかなり残念でしたが、迷いながら乗って何かあってからでは遅いですからね。

調べると私がした視野検査はきっと『静的視野検査』というものなので、『動的視野検査』も受けてみたいという気持ちもあるのですが、過去3回視野検査を行って同じ場所に視野欠損が認められることから、おそらく動的視野検査を行っても同じ結果になるんじゃないかと思っています。

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画像は『病院の検査の基礎知識』より拝借。問題があれば削除します。

視野検査をすると、(設定が自動であればネタバレになりそうですが)追ってボタンを押して反応し返さなきゃいけない光の点滅は『ピ ピ ピ ピ』のようにだいたい均等に起こるのに、「………。」「全然光らないなぁ」と思って待ってると、実は既に自分の見えない範囲で点滅してたりします。

それが私の場合は下側で、それ以外が光ると、またテンポよく始まる。

以前の私の視野検査結果が見たい方はリンクへ。

視野欠損は、運転免許の適正検査を受けただけでは分からなかったこと。自分で自分の視野欠損を把握して、自己申告しなきゃダメですね。

見えてないなんてまさかですよね。20歳で脳性麻痺を知らされた時、友人に『20年目の真実』と言ったけど、視野は『25年目の真実』でした 笑

以前医師には、「自分で何かおかしいと思ったから検査を受けようと思ったんですよね?自覚症状がありましたか?」と聞かれたことがあったけど、「私、自分の視野が狭い気がするんです。目の前のモノしか見えてないのは性格だと思っていたんですが、実際に他の人より見える範囲が少ないんじゃないかと思ってます。今度運転免許を取ろうと思っていて車に座ったら気がついたんですが、脳性麻痺もあるし、何か関係してるのかなと。一度調べてみたいです」と言ったのが、一番最初な気がします。

最初は皆、本当に問題があるなんて思ってなかったけど、検査結果の用紙を見たら思いっきり視野欠損していて、医師もビックリだった訳です 笑

トホホ…。

ちなみに先月の眼圧は右12・左13で、今点眼しているルミガンが無くなり次第、出生した病院の神経内科と大学病院の眼科に受診予定です。

かなり長くなり、また以前からの内容の重複もあったと思いますが、視野欠損はならないと実際のイメージは湧きにくいかなぁと、文にました。実際に体験出来たら一番良いのですが、何かの参考になれば幸いです。

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こんにちは!

今日挙げるつもりはなかったのですが、気分的に、アップします♪( ´▽`)
料理ばかりですみません。脳性麻痺のことは、今地道に書いています。

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先日春雨サラダを作りました♪( ´▽`)
またochikeronさんのレシピ通りに。





料理が上手な方が詳細に説明して下さるお陰で、料理初心者の私でも美味しく作ることが出来るので、載せて下さる方には本当に感謝です。

春雨サラダは、こうやって醤油酢砂糖など自分で調味液を作らなくても、市販の中華ドレッシングをかけるだけでも美味しくできあがりますよね!

ひとつごはんを作れるようになる度に、このおかずはこの味で一生もの!というレシピに出会う度に、「一日は生きながらえた…」と思う。

昔から何も手伝えずごはんは何も作れず、よりによって障害があるから買い物もままならず台所にも長居はできず、「私は将来どうすればいいんだろう?」と思った時期もあったけど、ちゃんと料理に興味が湧いたし

以前は「私、障害があるから出来ないの~」と言っていた工程も、毎日の積み重ねの成果でいつの間にか出来るようになっていることもあるから、「良かった。これなら何とかなる・・・」と、 一人ホッとすることも多い。

そして、こんなに日本中が忙しく、高齢化もしたお陰で便利な買い物方法や調理済みの食材も増えて、いつしか『諸事情で料理が出来ない・しない』という選択をしても浮くことがなくなり、必要なのは、『どこまでを作ってどこまでを頼るのか』自分の中の線引きだけのような気もする。

ほぼ毎日栄養のバランスを考えながら一汁三菜作りを目指していると私の体力ではかなりの疲労でヘトヘトになることもあるけど、今は本当に便利な世の中だし、「どうしよう?」と思っていた時には想像出来ないくらい助かって感謝だからこそ、自分の出来る限り楽しみながら自炊したい。

私の身体は一つしかないのにまだまだ作りたいものは山のようにある。

誰にも強いられたり制約されたりしていないのに、「~しなきゃダメだ!」と首を絞めてるのは自分だったりするから、解き放たれて、ゆっくりと。

日々勉強。
そんなことをふと思った日中でした。

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皆さんこんにちは!
ご無沙汰しています。

2週間振りになってしまいましたが、だんだんと暖かくなってきましたね。

最近は…

風邪を移されてダウンしてたり、改善ぎみだった逆流性食道炎に胃痙攣が起きたり、股関節痛が続いていて動く時に恐々だったりな日々でした。

でも、毎日のごはん作りに追われていたら全然ブログにかける時間がなくなってしまい放置気味だっただけで、毎日、平穏に暮らしています 笑

ブログを見て下さった方やコメント下さった方、ありがとうございました。

久しぶりということで、堅苦しくなく手短に。

皆さんの中に草餅が好きな方や普段草餅買って食べる方はいますか?
私は好きなのですが希望のものがなく、なかなか食べられないのです。

私が買い物に行くと大福や葛餅、コンビニでもみたらし団子などは見かけますが、草餅はどこでも自分から探さないと買えないような気がする。

写真は昨日祖父母の家に行った時にもらって帰ってきた草餅なのですが、最近では珍しい、あんこの入っていない、あんこなし草餅なんです。

たまたま祖父母の家に行った時にもらえたらラッキー!という感じで、これを逃したら一度も食べられず残念な一年になることもあるのですが、
デパートなどで探しても、やっと見つけた草餅のほとんどにあんこが入っていて、私の地域ではあんこなしの純粋な草餅にはお目にかかれず…

貴重な草団子♡

普通ならあんこが入ってる草餅のほうが喜ぶのに、私の中では昔から「草餅たるやあんこなし」なので、見つける度に店員さんに聞くんです。

「これ、あんこ入っちゃってますか?」って聞いて、当たり前に「入ってますよ~!」って言われたら「あ~。入ってますよねぇ。」ってガッカリして、「ごめんなさい。入ってないんですよ~。」って言われたら「本当ですか?じゃあ買います!これがいいんです♡」と言う、一般とは逆バージョン 笑

なかなかこんな人いないですよね 笑
田舎は純粋な草団子があるのかな?

私が知ってる中では唯一寅さんで有名な高木屋さんの草餅はあんこが別添えなので食べてみましたが、失礼ながら、草の匂いが弱いのです。

でもいつも祖父母から貰ってくる写真の草餅は開けただけでヨモギの香りが凄くて!きな粉だけ掛けてフォークでサクサク切っていただきます♡

硬くならないうちに朝やおやつに。
やはり草餅はここのを食べたいな。

皆さんは、何かこだわっているものやおすすめの食べ物はありますか?

以上、ただの食べ物の話でした^^; またゆっくりと更新していきますね^^
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脳性麻痺のことを考えれば考えるほど悔しさともどかしさが強まるけど、

「仕組みだから仕方ないか、こんなもんか」って呑むだけのほうがよっぽど悔しいしもどかしいから、私なりに何か爪痕を残すようにしています。

私に関わって下さったり話して下さった方の頭の片隅に、何か私の言葉や行為の断片が残り、ふとしたときに思い出してくれればいいなぁ、と。

脳性麻痺っていつの時代も医療制度や地域差に翻弄されっぱなしだし、まだまだ脳性麻痺の現状は医療関係者にさえ伝わってないから、必要な所に適正な提言をしていくのは当事者こそできることだと思うのです。

以前の職場で、尊敬する上司に、「伝わってないのは話してないことと同じなのよ。泣きたい時ほどしっかりしなさい!」と言われたことがあって。

本当にそうだなって。

もっともっと自分に文才があれば、もっともっと言葉の切り返しが早ければ、もっともっと上手に話せたら、相手にきちんと伝わるのにと思うけど

「周囲には〝場面緘黙〟だと思われてるんじゃないか?」というほどに昔からコミュニケーションを取ることがヘタで、空回りのほうが多い私…。

一つ一つ、丁寧に伝えていきたい。
まだまだ自分の力不足を感じます。
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不思議な気持ち。

私のこの生命を、余すところなく使ってほしい。
身体中粉々になるまで研究に役立ててほしい。

身体は借りもの。
魂は自分のもの。

レンタルしているこの身体は、なるべく壊さずに使いたい。
でも、もしも壊れてしまったら、大事に大事に修理したい。

私の魂は最後まで思い出をいっぱいにして生き切りたい。

最期の日に、「稀少な病気だったけど、壁の多い障害だったけど、私は私を生きることができて、幸せだったな。」そう思いながら終わりたい。

昔から思っていたこと。

私に生命の奇跡への感謝が芽生えたのは、『蝶々結び』を聴いたから。

良い歌ですね♪( ´▽`)

とっても感動したけど、電車で泣いたら変だから頑張って耐えました 笑

「緩く結んだ紐はいつでも簡単に解けるけど、硬く結んだ紐だからこそ解くのは難しいし、すぐに絡まるんですよね。」という言葉が印象的だった。

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沢山の支えがあって今日が普通という奇跡を生きられたことに感謝して
一生懸命生きようとした昔の自分に恥じないように生きていかなきゃな。

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